悪夢・始動
冷めた反応と呆れた視線を向けてくる深紅だが、氷室邸でのことで慣れているからか、すぐに縄の巫女であろう女性を射影機で写し撮った。
それが数度繰り返されたその後……女性は甲高い悲鳴を上げて周囲の闇に溶けるように消えてゆく。
彼女もまた、氷室邸での被害者だろうか。
だとしたら死んでなおこんな場所に留められているなんて……この屋敷も気分の悪い場所だな。
まあ氷室邸なんぞを模写して作り出すなんてその時点で既に最悪も最悪、趣味が悪いにもほどがあるが。
あの女性が消えた後、彼女がいたその先に、更に奥へと続く扉があることに気が付いた。
それを目にした深紅が俺の着物の袖を軽く引く。
見れば俯き口元に手を当てている深紅の姿が目に入り。
俺の着物を引くその手が、微かに震えていることに気付いた。
「弥生……っ、早く、早く帰りましょう。もう、ここにはいたくない」
「……そうだな」
氷室邸でのあの奥で、俺たちは真冬を……。
俺はそこまで考えると首を振り、僅かに震え続ける深紅を伴い来た道を戻りだす。
そしてそのまま玄関まで戻ったその時……。
「お兄ちゃんはこっち」
びくりと、目に見えて深紅の肩が跳ねた。
玄関の扉にかけていた手を引き振り返れば、そこにはひとりの巫女姿の少女がいて。
彼女は左手側の扉を指し示し……消えた。
「……深紅、今のは……」
声をかけるが、深紅はそれに気付かなかったのか、突然ふらりと駆け出してしまう。
「お、おい、深紅っ!」
「……兄さん……っ」
あの少女が告げたお兄ちゃんとやらが、真冬のことだとは思えないが……。
それでも、深紅は真冬に逢いたいのかもしれない。
……ここは死者に逢える屋敷、だから。
だが、それと同時に……。
「深紅、待てっ!」
死者に、あの世に誘われる場所。
俺はすぐに深紅を追いかけ。
氷室邸にはなかった、天井から吊り牢の下げられた部屋へと来た。
「……ひとが、いる……」
小さく呟く深紅の視線の先には、あの吊り牢があり。
その中には確かにひとのような姿があって……。
「二人を助けて」
あの少女の声を耳に、俺は覚醒を促された。
弐・黒・了
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