紅い蝶
「……蝶……」
紅い蝶が。
ひらりひらりと、まるで誘うかのように。
目の前を、舞う。
「ずっと、待ってた」
私たちのいる反対側の廊下を行く紗重が、そっと囁くようにそう告げた。
「紗重……」
「ずっと、一緒だよね」
奥へと招くように……。
目の前の扉が、開いてゆく……。
拾伍之路 「紅い蝶」
長い、長い細道を行き。
広く開けた場所に出た。
奥に、更に先へと続く、細い下り階段があり。
その先こそが×……闇を吐き出す、その名を口にすることすら禁忌とされる場所なのだと、胸中で確信するように思った。
もちろん、私は初めてここまで来たのだけれど。
何だか凄く……凄く、嫌な予感がする。
「……澪ちゃん。早く繭ちゃんを連れて、戻ろう。紗重は私が何とかするから……だから……」
早く、一刻でも早く、二人にはこの村から出てもらわないと……。
取り返しのつかないことに、なりそうで。
「茨羅ちゃん……。うん、わかった」
言い知れない私の焦りと不安に気付いてくれたのか、澪ちゃんは深く問うでもなくすぐにそう返事を返してくれた。
私たちは顔を見合わせ頷き合うと、奥を目指して一緒に歩き出す。
その先の階段を、一歩一歩ゆっくりと降りて行くと……。
突然、視界が白黒に染まった。
「紗重っ!」
白黒の世界の中浮かぶ映像。
それは、紗重がひとりで……。
たったひとりで、顔を隠したたくさんの宮司さんたちと、地下へと向かっていく姿だった。
慌てて手を伸ばしたけれど、この手が彼女に触れることは叶わない。
――……これは、過去。
紗重の、最期の……記憶。
奥まで連れて行かれた紗重は、そこでたったひとりで……。
――……×へと、落とされた。
「っいやぁあぁっっ! 紗重ぇぇっっ!!」
過去のことだと、わかっている、わかっているけれど……っ。
こんなの……っ、こんなの、嫌っ!
思わず駆け出そうとした私の足を、突然起こった地震が止めた。
「きゃあっ」
突然のことに身構えることもできず、体勢を崩し転びそうになる。
慌てて近くの壁に寄りかかり、何とか転ばないよう踏みとどまっていると……。
私たちの目の前を、数人の宮司さんたちが、まるで何かから逃げるかのように慌てて駆け去っていく。
「紗重……」
……え?
聞こえてきた低い男性の声を耳に、誘われるように再び×の方へと目を向けると……。
「あ……。紗重……?」
紗重が……×の上に、浮いていた。
俯いているその表情まではわからないけど、彼女の足下……×から、息を飲む間すらないほど瞬時に闇が溢れて広がりだす。
それは瞬く間に辺りを……たぶんこの村全体をも、飲み込んだ。
……そして……。
「真壁、さん……」
体中を切り刻まれ、客人として楔にされた真壁さんの姿が、闇と共に×の上へと現れた。
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