サイゴ
時間がないから、早く次の家紋風車を探しに行かなければならなくて。
樹月のお蔭でそれがどこにあるか詳しく知ることができた今、迷っている必要はない。
私には澪ちゃんたちを放っておくことなんてできないから、彼女と一緒に行くことをみんなに告げた。
そうしたら……。
「茨羅、待って。僕も行く」
「……樹月?」
突然、ついてくると言いだした樹月に私は首を傾げるけれど、睦月にはそれがわかっていたみたい。
「行ってらっしゃい」
僅かに寂しそうな千歳ちゃんを宥めながら、二人でそう、見送ってくれた。
拾弐之路 「サイゴ」
睦月と千歳ちゃんには蔵に残っていてもらって。
逢坂家と墓地には澪ちゃんが行くと告げたから、私たちは桐生家に向かうことにした。
……大丈夫、かな。
ここは、茜ちゃんの想いが強い場所。
樹月が、辛い想いをしないでくれるといいんだけど……。
そんな不安を抱えながら樹月と一緒に歩いていると、ふと思い出した様子で樹月が口を開いた。
「茨羅。こんなに堂々と村の中を一緒に歩いたのって、初めてだったよね」
「え? あ、うん。そうだね」
突然の切り出しに思わず目を瞬かせてしまったけど、すぐに気を取り直して小さく頷く。
私、自分から進んで立花家の外に出ようなんてあんまりしたことなかったし、たまに外に出た時だって、村の人たちの目を気にして、こっそり隠れるようにして……だったから。
確かに樹月の言う通り、変わり果ててしまってはいるものの、村の中をこうして人目を気にせず一緒に歩いたのはこれが初めてだった。
でも……。
どうしたんだろう、突然改まってそんなこと言うなんて……。
「みんなに隠れて二人で見た景色は綺麗だったけど、今はその痕跡もなくなってしまって……。ちょっと寂しいね……」
「……うん」
「そう言えば茨羅、僕や睦月が風邪をひいた時、外から花を摘んで来てくれたこともあったよね」
「お、覚えてたの?」
樹月の言葉に驚く私に、彼は優しく微笑んで続ける。
「もちろん。茨羅との思い出を忘れたりなんかしないよ。全部、覚えてる」
そ、そっか……嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいな……。
言われた直後に、顔に熱が集まっていくのが自分でもわかったくらい。
だけど……。
何だろう。
何で、こんなに不安な気持ちになるのかな……。
樹月は、こんなに近くにいてくれているのに……。
どうして。
……どうして私はこんなにも、涙が出そうなほどの寂しさを感じているの?
……わからない。
わからないよ……。
私は、嬉しさと寂しさの入り混じった複雑な気持ちを抱えたまま、樹月と思い出話をしながら桐生家の中を進んでいく。
そして辿り着いたそこは、隠し部屋。
こんな部屋があったなんて、普通に見て回ったくらいじゃ気付かなくても仕方ないよね……。
そんなことを思いながら、部屋の奥に置かれていた桐生家の家紋風車に手を伸ばす。
その瞬間。
現れた、茜ちゃんの霊と薊ちゃんの人形。
――ドウシテコロスノ。
殺したくない。
本当は、殺したくなんかないのだと。
その想いを、ずっとずっと抱え続けてきた茜ちゃん。
それは、その想いは、樹月も同じで……。
「……っ! 殺さなくていいっ!」
気付けば、強く強く叫んでしまっていた。
同時に自然と動き出していた私の体は、すぐさま茜ちゃんを見分けて、その小さな体をしっかりと抱き締める。
「もう、いいよ、茜ちゃん……。殺す必要なんてないから、もう苦しまなくていいんだよ」
「……コロサナイデ、イイノ?」
「うん。……だから……。だから、もう休もう? 薊ちゃんと一緒に……」
「……ウン」
そう、もういいの。
だから休んで……薊ちゃんと、一緒に。
薊ちゃん、ずっとずっと待ってるよ、茜ちゃんのこと。
もう離れ離れにならないよう、今度こそずっと一緒に……。
願いつつ私が抱き締めていた茜ちゃんの体が、突然淡く輝き出す。
かと思ったその次の瞬間には、彼女の体は静かにゆっくりと消えていった。
……同時に、薊ちゃんの人形も闇に溶けるように消えていく。
「わ、たし……。今、射影機、使ってない……」
何もしていないのに茜ちゃんたちが消えてしまったことに驚き、私は慌てて樹月へと振り向いた。
そんな私に、樹月は優しく微笑んでくれる。
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