樹月
澪ちゃんたちを逃がすために訪れた、朽木の中で見つけたもの。
それは……。
「これ……樹月のいる……」
蔵の、鍵。
これがあれば、ようやく……。
ようやく、樹月にちゃんと会える……っ!
いろいろあって疲れてしまったらしい繭ちゃんにはここで休んでいてもらうことにして、私たちは鍵に誘われるまま、樹月のいる蔵へと向かった。
拾壱之路 「樹月」
やっと、やっと会える。
格子越しなどではなく、ちゃんと。
……樹月ッ!
会いたかった。
会って、私は……。
――私たちのせいだよ。
「……え?」
声が、聞こえた。
この声は。
……紗重?
――私たちのせいだよ。
「どう……いう、こと?」
「茨羅?」
聞こえてきた言葉の内容の意味がわからず戸惑う私に、傍にいた睦月が声をかけてくる。
千歳ちゃんと澪ちゃんも、不思議そうに首を傾げていた。
もしかして……みんなには、聞こえていないの?
――私たちのせいだよ。
蔵の入り口が見える場所まで来た時、私はその扉の前でひとり佇む少女の姿を見つけた。
「……紗重……」
静かにその名を呼びかければ、紗重はゆっくりとこちらを振り向き……。
「泣いて、いるの?」
振り返った彼女の頬を伝うその滴に気付き、私は思わず瞳を揺らす。
紗重が何故泣いているのかはわからないけど、でも、大切な友人の涙を見るということは戸惑いを覚えるほどに衝撃的だった。
泣かないで、と、そう願う私と目が合うと、彼女はゆっくりとその唇を動かしてゆく。
――私たちのせいだよ。……ねえ、茨羅。
「待って、紗重! それって、どういう……っ!」
どういう意味なの?
それが、紗重の泣いている理由なの?
問おうとした私の言葉が終わらない内に、紗重の姿は目の前から消えていってしまった。
「茨羅、大丈夫か?」
ゆっくりと、優しく訊いてくる睦月に、私は小さく頷いて応える。
紗重の言葉の意味、よくわからないけど……どうしてだろう、何だか、しごく嫌な予感がした。
胸の中に重たい何かがのしかかるような、喉の奥に何かがつかえるような、言い知れない苦しさ。
それに急かされるように脈打つ鼓動が速まっていくのを感じる。
「早く、樹月のところに行こう」
早く、早く会わないと。
会って……。
――……アッテ、ドウスルノ?
どくり、と。
一際大きく体中を駆け巡った鼓動に、くらりと視界が歪んだ。
厭な寒気を覚えて、鍵を開け蔵の扉にかけていた手が、思わず一瞬止まってしまう。
――……ダッテ、イツキハ、モウ……。
「嫌っ!」
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ……!
駄目……ッ、まだ、その先は……その先は……っ。
「茨羅、落ち着けっ!」
「むつ……き……」
突然取り乱してしまった私を、背後から睦月が支えてくれる。
無意識に息を詰めていたのか、ひゅっと短く空気が喉を伝っていった。
我に返り見上げた睦月の顔。
直後はぼんやりとぼやけてしまっていたけれど、徐々に焦点を取り戻してゆき、その黒い瞳としっかりと目が合う。
同時に気付いた、私を支えてくれているその腕のひやりとした冷たい感覚。
それは……。
「ご、ごめんね。大丈夫だから……」
知りたくなくて、わかりたくなくて……思い知らされたく、なくて。
慌ててすぐに、離れた。
そんな私の態度に、睦月は不思議そうに首を傾げていたけれど、気が付かなかったふりをする。
「開けるね」
今は、とにかく樹月に会いたい。
会いたいよ、樹月。
苦しいほどのその想いを抑え、私は……蔵の扉を、開けた。
鈍い音を立てながら開いた扉のその先に踏み入った直後。
突然、視界が白黒に染まる。
一瞬にして色を失くしてしまったその世界に戸惑う間もなく……。
私、は……。
「っいやぁあぁぁぁあっっ!!」
「茨羅っ!?」
「茨羅ちゃんっ」
「お姉ちゃんっ」
睦月が、澪ちゃんが、千歳ちゃんが……頭を抱えて泣き崩れた私の傍に駆け寄ってくれたけれど。
今の私には、みんなに応える余裕なんてまったくなかった。
一瞬。
そう、たった一瞬だったけれど、白黒の世界の中で、確かに視えた蔵の奥。
そこで、樹月が……。
樹月、が……。
首を、吊っていた……。
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