繭
千歳ちゃんから鍵を借りることができたので、繭ちゃんがいるはずの樹月の部屋までみんなで一緒に来てみたんだけど……。
「……誰も、いないみたいだね」
外から見た限り、部屋の中には誰の姿もなさそうで。
みんなが困惑する中、私は首を傾げながらも部屋の鍵を開け中へと踏み入った。
拾之路 「繭」
「やっぱり、誰もいないみたいだけど……」
樹月の部屋の中へと入り、辺りを見渡して私が呟く。
記憶に残るそのままの様相を留めているそこに、少し切なさを覚えた。
樹月がだいたいこの部屋のどの場所にいるかとか、私が遊びに来た時に座る位置だとか、兄と樹月が言い合う光景、私と千歳ちゃんが樹月に本を読んでもらった時の光景……。
ぜんぶぜんぶ、まるでつい今し方のことだったように鮮明に思い出すことができる。
危うく感傷に浸りかけ、私は慌てて首を振ると、意識的に思考を元に戻すことにした。
それにしても、部屋の主が不在なのに、勝手に中まで入っちゃうのって……やっぱり悪い気がするなあ……。
そう思いながら、私はふと思い出して、千歳ちゃんへと振り向いた。
「千歳ちゃん、これ、ありがとうね」
「うん」
借りていた樹月の部屋の鍵を千歳ちゃんに返して、笑みを交わす。
鍵を受け取った千歳ちゃんは、それを大事そうに両手で包み込んだ。
その様子をどこか微笑ましく思いながら、私はゆっくりと睦月へと視線を移ろわせる。
「……何だか、いるはずのひとがいないって、変な感じだね」
「そうだな……」
樹月……。
感傷に耽っている場合じゃないってわかっているのに、どうしても感じてしまう寂しさ。
ここにあなたがいないことが、ひどくひどく寂しかった。
「お姉ちゃん、どこに行ったんだろう……」
私たちが会話をしている間にも、辺りを調べ回っていた澪ちゃんが心配そうに表情を曇らせる。
不安そうに揺れる声音で呟く澪ちゃんの姿に、彼女がどれだけ繭ちゃんのことを案じているかが窺われた。
……澪ちゃんと繭ちゃんも、早く会わせてあげたい。
私が胸中でそう強く願うと同時……。
――ぞくり……っ。
背筋に走る、重く鋭い悪寒。
覚えのあるそれに思わず息を詰めると、すぐ傍にいた千歳ちゃんが不安そうに抱きついてきた。
「お姉ちゃん……」
異質な空気を感じ取ったのは、私だけではなかったらしい。
どこか怯えているようにも見える表情を浮かべ、小さく震える千歳ちゃんの小さなその両手が、私の着物へと必死にしがみつく。
私は彼女を抱きしめ返すと、こちらに向かってくる歪な空気を纏うその何かを、じっと凝視した。
千歳ちゃんを抱きしめたままだけど、いつでも射影機を構えられるよう準備しておく。
澪ちゃんと睦月も、強張った表情でそちらを見つめていた。
その何かは、やがてこの部屋の前まで来てぴたりと足を止めると、ゆっくりと扉に手をかけてゆき……。
躊躇うことなくその扉を……開いた。
「澪っ!」
「お姉、ちゃん……?」
扉が開いた直後、勢い良く室内へと踏み入り、澪ちゃんに強く抱き付いた少女。
躊躇いがちにながらもその背に手をやり呟かれた澪ちゃんの言葉から察して、彼女こそが、澪ちゃんがずっと捜し求めていたお姉さん、繭ちゃんなのだと知る。
――……紗重かと、思った……。
気付けばいつの間にかあの重苦しい空気は消えていて、私の口から知らず安堵の息が吐いて出る。
私にしがみついていた千歳ちゃんの手からも緩々と力が抜けてゆき、睦月を見やれば彼もまた小さく息を吐いていた。
なん、だったんだろう、いったい……。
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