千歳
「……暗いな」
「……暗いね」
立花家の廊下を歩きながら、私と睦月は小さく言葉を交わす。
うーん……、灯りは澪ちゃんが持っているから、私たちは暗闇の中を手探りで歩いている状態なんだよね……。
立花家だから迷うことはないけど、やっぱり不便かも。
物の配置の細かなところまで覚えているわけじゃないし。
「茨羅、ちゃんと俺に掴まってろよ。転んだりしたら危ないからな」
「うん。ありがとう、睦月」
私は睦月の腕に掴まりながら、闇の中で懸命に目を凝らしつつ歩く。
時折何かに躓いて……何もないのに躓いたりもしたけど、そのたびにさり気なく睦月が支えてくれた。
変わらないな、なんて笑いながら。
……鈍い方だという自覚はあるけど、それを指摘されても今は不快に思わなかった。
むしろ、なんだか少し懐かしくて、嬉しいような気さえする。
そんな風に二人であちこち歩いていると……。
――チリン、チリンッ。
「! 睦月、これ……」
「ああ、千歳の鈴の音だ!」
耳に馴染む、聞き慣れた音。
それに顔を見合わせた私たちは、闇の中から響いてきたその鈴の音を頼りに、とにかく先を急いだ。
九之路 「千歳」
そして廊下の角を曲がったところで……。
「澪ちゃん!」
「茨羅ちゃん!」
澪ちゃんと行き会い、合流する。
すぐに状況を尋ねると、二階にある部屋のひとつ……聞いた話から判断すると樹月の部屋だろう場所に、繭ちゃんの姿を見つけたのだと彼女は告げた。
ただ、樹月の部屋には鍵が掛かっていて。
紅い着物を着た女の子……千歳ちゃんがその鍵を持っているようだから、澪ちゃんは彼女を捜して一階まで降りてきたらしい。
「うーん、やっぱり八重に似てるよな……」
「うん。確かに似てるよね。……でも、澪ちゃんは澪ちゃんだよ」
「……わかってる」
一応、睦月と澪ちゃんはお互いに簡単な自己紹介を交わして。
その後の睦月の感想が、今の言葉。
……確かに、戸惑っちゃうよね、やっぱり……。
顔が似ているのはもちろんだけど、それだけじゃなくて……その身に纏う空気さえも八重を思わせるのだから、別人だという方が違和感を覚えるくらい。
それでも澪ちゃんは澪ちゃんで八重じゃないから、他人と重ね合わされるなんてきっといい気はしないだろう。
そう思っての私の言葉に睦月も同じ考えなのか、すぐに頷いてくれた。
とは言え、澪ちゃんに聞いた話だと、千歳ちゃんも勘違いしちゃっているみたいだし……。
――ガタンッ。
歩いていたら、突然奥の部屋の押し入れから物音が響いてきて、睦月の腕を掴んだままの手に思わず力を込めてしまう。
睦月は気にしていないようだったけど。
「び、びっくりした……。でも、今の音は千歳ちゃん、だよね?」
「たぶん……」
千歳ちゃん、お客さんとか来ると、押し入れに隠れちゃうから。
誰か来たんだということがわかって、あの押し入れの中に隠れてしまったのだと思う。
……これで別のひとが出てきたりしたら心底怖いけど……。
「あ、澪ちゃん、待って」
中を確かめようと思ったのか、ゆっくりと押し入れに近付いて行く澪ちゃんを慌てて呼び止める。
澪ちゃんから聞いた話の内容も考慮して、ここはきっと、千歳ちゃんに警戒されないはずの私と睦月が取りなすべきだ。
「千歳ちゃんのことは、任せてもらってもいい?」
澪ちゃんも私が言いたいことをわかってくれたんだろう。
その言葉に何を問い返すこともなくすぐに頷き、体をずらして道を開けてくれた。
「睦月、行こう」
「ああ」
私と睦月は一度顔を見合わせると、一緒に押し入れへと近付いて行く。
足音を聞いてか気配を察してか、押し入れの中からかたん、と、小さなおとが響いた。
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