睦月



「マタ……オイテイクノ……」
「紗重っ!」
「茨羅ちゃんっ、ダメっ!」


立花家へと出た私たちを待っていたのは、先回りして待ち構えていたのか……紗重だった。



助けたいから、話さないといけない。

助けたいから、手を取りたい。



そんな想いで紗重へと手を伸ばすけれど、私の手が紗重に触れることはなく。

むしろもう片方の腕を澪ちゃんに引かれることによって、どんどん離れていってしまった。

その時伸ばした私の手の先に見えた紗重の姿は……その表情は……。



ひどく歪な、私の知る紗重のどの表情とも違う、まるで別人のもののように思えて……。



その目も、こちらを向いているはずなのに、私たちを見ていないように思えてしまった。



こんなにも呼びかけているというのに、紗重が私に応えてくれることもなくて……。



――……伝わらないの? 伝えられないの?



紗重……。





私の声は、もう……届かないの?















八之路 「睦月」















私たちは紗重から逃げるように駆けて、もう一度桐生家へと戻り、同じ道を歩んで落としてきた懐中電灯と射影機を回収してきた。



そして、長い遠回りの末に再び戻ってきた立花家。



ここに、澪ちゃんのお姉さんはいるはず。


「……茨羅ちゃん」
「この家は、桐生家と同じ造りをしているの。……たぶん、迷うことはないと思うから、二手に別れて捜そうか」


私に繭ちゃんとの面識はないけど、生きているひとなんて私たち以外には繭ちゃんだけしかいないだろうから、判断には難しくないはず。

だから私は、効率が良いと思われる方法を提案した。

澪ちゃんもそれに頷いて同意してくれる。


「……じゃあ、私は下の階を捜してみるね」
「うん。お願い、茨羅ちゃん」


私たちは顔を見合わせ頷きあうと、私はこのまま一階の、澪ちゃんは階段を上った二階の捜索を始めることにした。



……実は、私がこの場所で澪ちゃんと別れたことには、澪ちゃんに伝えたものとは別の理由もある。

それは……。




「……久しぶり、になるのかな……。ねえ……睦月」




小さく呟くように言葉を吐き出しながら振り向いた私の視線の先には、最後に会った時と変わらない姿のままの睦月がいて。

彼は私と目が合うと、哀しそうに小さく微笑を浮かべてみせた。



……たぶん、私も今、同じ顔をしているんだろうな。



困ったような、それでいて寂しいような、悲しいような、複雑な気持ち。

それを抱いてどう表情に映したらいいのかわからなくて、とにかく形だけ小さく口角を上げてみた、それが今の表情を表すのに一番近いのかもしれない。


「茨羅……戻ってきたんだ……」
「……うん」


その表情と同じ、複雑に感情を絡めた声音で呟かれ、私はただ小さく頷いた。

本当は今ここに澪ちゃんがいてくれても良かったのだけど、それでもやっぱりこれは私の事情だから……。

澪ちゃんを付き合わせたら、駄目だと思ったんだ。


「ごめんね。せっかく、みんなが逃がしてくれたのに……。私、どうしてもみんなのこと、助けたくて」


それをみんなが望んでくれているかはわからない。

ううん、私に生きて欲しいと望んでくれたみんななら、私が今ここにいることは望んでなんかいないことなのだと思う。

これはぜんぶ、私のわがまま。

わかっているから自然声が小さくなってしまうけど、そんな私の頭を睦月は優しく宥めるように撫でてくれた。


「うん。茨羅は優しいから……。たぶん、そうじゃないかって思った」


これを優しさと呼んでいいのか私にはわからない。

でも、皆まで言わなくても、睦月には私がやりたいことわかったんだと思うと、なんだか少し嬉しかった。

血の繋がりなんか関係なく、私たちは家族、だよね。


「茨羅、あのさ……。樹月には、会ったのか?」


少しだけ問いにくそうに躊躇いがちに切り出された言葉。

そこに込められた睦月の想いのすべてがわかるなんて言えないけど、きっとすごくたくさんの想いを抱えているんだろうと思うと私まで苦しくなってしまい、僅かに目を伏せてから小さく頷いた。


「そっか……」
「うん……。村のこととか、八重や紗重のこととか……。……樹月や、睦月のことも、聞いた」
「……うん」


そう、聞いたの。



睦月が……蝶になれなかったことも……。







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