皆神村


「祭の日が近いな……」


呟くように吐き出された兄の言葉を聞き止め、反射的に顔を上げる。

けれど兄は私の方を見ていたわけではなくて、何を見ているのか、どこか遠くを見つめているばかりだった。


「茨羅、お前だけは守るから。お前は、幸せにする。絶対」


私の名前を呼んでいるはずなのに、兄の目は私を捉えてはいなくて。





ねえ、兄さん。

兄さんは、何を隠していたの?














伍之路 「皆神村」













いろいろ話して。

樹月たちの儀式の結果や、その後に八重と紗重を逃がしたこと。

私が知った限りの、この村の外のこと。

それは決して楽しい話なんかではなく、とても苦しくて切なくて、聞くことを拒みたくなるほどに悲しい話だったけど、でも……聞かなければ、いけない話だった。



この村のことを調べている最中に知ったのだけど、私は、あの時からずいぶんと遠い未来へと飛ばされてしまっていたらしい。

兄の、あの力によって。




「……だとすると、あれは八重じゃなかったのか……」
「八重?」


紗重と逃げた八重が、紗重が村に連れ戻されてしまったために、自ら戻ってきてしまった。

樹月はそう言うけど、それはありえないと、彼ももうわかっていると思う。



八重が、生きているはずがない。

そう理解させるほどに、時間が経ちすぎているのだ。




八重の話は気になるけど、今はそれを話しても仕方がない。

誰かと間違えたにしても、その誰かが私には心当たりがないのだから。

だからこそ今はそれよりも、自分にできることをしていかなければならない。


「ねえ、樹月。この村の現状って、その……たぶん、儀式が失敗したから、だよね? でも………樹月たちの儀式が、直接の原因だったわけじゃないんでしょう?」


樹月自身からも聞いたその事実は、それでも改めて口にするのは苦しくて……。

だって、樹月も睦月も私にとってとても大切なひとたちで……睦月は樹月にとって、大事な大事な弟だから。



あんな儀式のせいで、二人は……。





ねえ、ひとつになるって、誰かを……みんなを苦しめても構わないほど、大事なこと?



犠牲を出さなければならないような儀式自体、あってはいけないんじゃないの?



誰かを犠牲にしてまで、いったい誰が心から笑っていられるというの?



その上に積み上げられる幸せは、本当に幸せだと言えるの?





……私には、わからない。



わからないよ……。




「茨羅、そんな顔しないで」
「え?」


樹月の苦笑気味な声音を耳に、我に返る。



私、今どんな顔、してた?



苦しいのは、辛いのは、私よりも樹月の方なのに……。




「……ごめんなさい……」
「何だか、せっかく会えたっていうのに、茨羅、謝ってばかりだね」
「ごめんなさ……あ」


指摘されたばかりだというのに再び謝りかけてしまい、慌てて両手で口を塞ぐ。

そんな私に、樹月は楽しそうに笑いかけた。


「茨羅、変わらないね。本当に……懐かしい」


その言葉は嬉しそうなのに、どこか哀しそうで。

切なく、なる。


「……たぶん、茨羅の言う通りだと思う。この村はきっと、あの場所から出た闇に飲まれたんだ。それは確かに僕たちの儀式で出たわけじゃなくて……」


樹月は真顔に戻ると、真剣な声音で改めてそう紡ぎ出した。

そして続ける。


「僕たちの次に選ばれた双子は、八重と紗重だったと言ったよね?」
「うん……」
「でも僕は二人を逃がしたはずで……」
「ちょっと待って、樹月。さっき話を聞いた時もそう言っていたけど、はずっていったい……?」


どうして、断言しないの?

紗重が、村の人たちに捕まってしまったから?

そう思って問えば、樹月は困った様子で微笑みながら、自分の囚われている蔵の中へと目を馳せる。

その視線の先を格子に顔を近付けて私も追ってみるけど、中は暗くて何も見えない。



そう言えば、明かり……欲しいな。



そんなことを考えていると、樹月が再びこちらを振り向く。


「ひゃあっ!」


顔、顔近いっ!

驚いて思わず慌てて窓から離れると、樹月が小さく苦笑した。


「惜しかったね」


何がっ?


「い……っ、樹月もっ! 変わってないっ!」


格子があるのだから触れ合うことはできなかっただろうと、冷静に考えればわかるだろうけど……。

あまりに近くに顔があったことに、びっくりして反射的に動いてしまった。

どこかからかうような響きを宿した樹月の言葉に頬を膨らませて抗議してみせるけど、きっと今の私の顔では効果がない。

だって、樹月、笑ってるし。



……いつもいつも、かなわないなあ……。



そのことがどことなく嬉しくて、でも……哀しくて。



樹月。



ねえ、私、樹月のことが、好きだよ。



どんな姿になっていても、樹月が……。




「……好き」




樹月はきっと、哀しく笑う。

だから、届かないように口の中だけで呟いた。

樹月を、困らせたくはなかったから。



その時。



小さな音を立てて、私がここへ来た時に通った入口から、突然ひとりの少女が姿を現す。

え……彼女は……。




「……や……え?」




私が驚きながら呟いたのと同じく、相手の少女も驚いた様子でこちらを見ていた。















伍之路・了


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