愛しきひと


「好きだよ」


初めて言われた時。

私は、嬉しくて嬉しくて。

思わず、抱きついちゃったよね。



誰もが疎うこの髪に、躊躇いもなく触れて、変わりなく笑いかけてくれたこと、今でも鮮明に覚えてる。


「綺麗だね」


そんな言葉、兄以外のひとに言ってもらえたこと自体、はじめてで。

それがどれだけ嬉しいことだったか。

どれだけ救われる言葉だったか。

あなたは、気付いていたのかな。



……ねえ、樹月。



私ね、私……。





今でもずっと、あなたのことが大好きです。













四之路 「愛しきひと」













「茨羅……、どうして君までここに? 君は弥生が逃がしてくれたはずじゃあ……」


戸惑うような声音で紡ぎ出された弥生という名前は、私の兄の名。

樹月がどこか不安そうに声を震わせ訊いてきたので、私は自分の意志を強く込めた眼差しで彼を真っ直ぐに見つめて答えを返す。

安心させるためじゃなくて、伝えるため。

想いを、意志を、彼に伝えるためのこの眼差し。


「助けたいの。みんなを……樹月を」


本当なら、生きている内に助けたかった。

そう思うと苦しくて、自分の無力さが悔しくて、先ほど宿した意志とは裏腹に思わず僅かに目を伏せてしまう。


「ごめんなさい……。ごめんなさい、樹月……。私、私……ひとりで……」


ひとりで、逃げた。

睦月を、千歳ちゃんを、八重を、紗重を、兄を……そして、樹月を……置いて、逃げてしまった。


「ごめんなさい」


泣くことを耐える私の頭に、突然ポンと軽い重みが乗せられる。

それにすぐさま顔を上げると、樹月が哀しそうに微笑みながら、格子越しに手を伸ばして私の頭を優しく撫でてくれているのだとわかった。

私を見つめる悲しげなその瞳が、私の胸を切なく強く締め付ける。


「茨羅、謝るのは僕の方だよ。僕は君を置いて……」






死んでしまった。





その言葉に、驚く。


「い、樹月……、どうして?」


ここに来る前に、少しでも情報が知りたかった私は、兄の話で聞いたことがある図書館という場所で本を読んでいろいろと調べてみた。

図書館に行ったのは初めてだったんだけど、そこで読んだ書物には、この村のひとたちはみんな、祭の夜を繰り返しているのだと書かれていたと記憶している。

それはたぶん、樹月だって例外ではないはず。

それなのに、どうして自分が死んでいると自覚しているの?

驚く私に、樹月は柔らかく微笑んだ。

いつもの、優しいあの笑顔で。


「茨羅のお蔭……かな」
「私の?」


意味がわからず首を傾げれば樹月は小さく頷いてくれたけど、心当たりはまったくない。

いったい、どういうことなんだろう。

不思議に思う私に、樹月はただ優しくことばを紡ぎはじめてくれた。

私に字の読み方を教えてくれた時や、樹月の好きな本の話を聞かせてくれた時のような、優しくて心地よい響きの声が私の中にゆっくりと浸透してゆく。


「茨羅には弥生とは違う力があると、前に弥生から聞いたことがあるんだ」
「兄さんに?」


確かに兄は不思議な力を持っていた。

時間や、空間を移動する力。

それは、兄の持つ刀を媒介に、兄と私にだけ作用する形で発動できるのだと聞いた覚えがある。

何故兄がそんな力を持っているのかは私にはわからないけど、私は他人より少し霊感が強いだけで、兄のような特殊な能力は持ち合わせていない。

違う力っていったい何のことだろう。


「茨羅はね、暖かいんだ。茨羅の傍にいれば、僕は僕でいられる」
「え? でも……さっき、村のひとに会ったけど……襲われたよ?」


私の傍にいることで自我を取り戻せるというのなら、それは矛盾していないだろうか。

そう思い首を傾げると、何故か樹月が固まった。



な、何か……笑ってるけど、怒ってる……?




「それはたぶん、僕が茨羅のことを想っているからじゃないかな。茨羅の力は、茨羅と相手が強く想い合わなければ意味がないと、弥生が言ってたし」
「に……兄さん……」


もう、私の知らないところで樹月に何を言ってるの。

私が樹月のことを強く想っている自覚はあるけど、でも改めてそれをことばにされると何だかすごく恥ずかしい。

顔に熱が集まっていくのが自分でもわかった。

たぶん、今の私、すごく顔が真っ赤になっていると思う。

どうして樹月は平然と言えちゃうんだろうと不思議に思った。


「茨羅」
「え? は、はいっ!」


恥ずかしさに俯いていたところを突然呼ばれて、はっとする。

我に返り顔を上げれば、樹月は満面の笑顔を浮かべて私の手元を指差した。

私は示されるままに、視線を落とす。



そこにあったのは、兄に持たされていた射影機。



……そういえば、これのことすっかり忘れてた。

樹月に示されその存在を思い出すと同時、樹月からの声がかかる。




「さっき言っていた村人、力の限り、それで写せばいいと思うよ?」




にっこりと。

満面の笑顔で言われてしまい、いろいろとつっこみどころのありそうなその言葉に、私は何故か抗うことも出来ず、ただただ強く頷くしかできなかった。













四之路・了


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