シュウ



「はい、天倉です」


電話に出たのは男の人で、驚いた私は思わず反射的に受話器を置いてしまいかけた。

それをなんとか耐えきり、緊張しつつもこちらの用件をぽつりぽつり絞り出すように伝えてゆく。

後で知ったそのひとは、澪ちゃんの叔父さん、天倉螢さんだった。









シュウ・アマクラ









「茨羅ちゃん、あのね……。お姉ちゃん、どんどん奥に行っちゃうんだ……」


澪ちゃんが小さく告げるその言葉は、彼女が最近みるようになったという夢の話。



それは、雪の降る古い家屋の中でのことらしく。

そこで澪ちゃんは、繭ちゃんの姿を見かけたのだと私に告げた。



最初は黙ってただ話を聞いていただけの私だったけれど……。




「ねえ、澪ちゃん……。その刺青は……」




前は服に隠れて視えなかったけれど、今ははっきりと彼女の腕に視える。



細かく刻まれた、蛇のような刺青が。



じっと視ていると寒気がしてきて、思わず僅かに目を逸らしてしまった。


「刺青……、視えるの? 茨羅ちゃん」


螢さんには視えなかったと、澪ちゃんは小さく呟くように続ける。

その問いに私が頷いて応えると、彼女は僅かに俯き目を伏せた。


「……お姉ちゃんの夢をみるたびに、増えていくの、この刺青」


……それがどういうことなのか、私にはわからない。

けれど。

それって、良くないものなんじゃないかって、感覚的にそう感じる。


「ねえ、澪ちゃん」
「ごめんね、茨羅ちゃん。今日はもう眠いから……。また、今度でいい?」
「あ……うん……」


ごめんね。

もう一度謝って本格的に眠りにつき始めてしまった澪ちゃんをしばらくぼんやりと見つめた後、私は静かに彼女の部屋を後にした。



……最近、話せる時間が短くなったような気がする……。



ううん、そんなの気のせい、だよね?



不安を抱きながらも歩きだそうとしたところで、前にひとがいたことに気が付いた。


「ああ、ええっと……茨羅ちゃん」
「あ、螢さん。こんにちは」
「こ、こんにちは」


…………。

あの、螢さん、せめて目を合わせて欲しいです。

私の兄が弥生兄さんだと知ってから、螢さん、私の前では挙動不審になったりする。

たぶん、兄に何かされたんだろうとは思うけど……。

……そろそろ、私と話すことに慣れて欲しいな。

せっかく私も慣れてきたんだし……。


「今日も澪に会いに?」
「あ、はい。……今は寝てしまいましたが……」
「そうか……」


私の答えを受けて、螢さんの表情が心配そうに曇りだす。

もしかして……。


「あの、澪ちゃん……、病気とかじゃないですよね?」
「……え?」
「澪ちゃんの腕に、刺青が刻まれていたのを視たんです。それに、起きている時間が短くなったような……」


それは確かに一日中澪ちゃんの傍にいるわけじゃないから、私がいない時のことなどはわからないけれど……。

でも、私の言葉に螢さんは驚いた様子で目を見開いた。


「刺青……眠る時間……雪の降る、古い家屋……。やっぱり……」


呟くように紡がれた螢さんの言葉が示すものが何か、私にはわからなくて。

ただ、小さく首を傾げる。

その言葉に何かの共通点があるのだろうか。


「……茨羅ちゃん、それは俺の方で調べてみるけど……何かあったら、すぐに教えてくれ」


……何かって、何だろう。

わからないけれど、螢さん、凄く必死みたいだから……。


「わかりました」


私は、強く頷いた。







澪ちゃんが病院に入院したのは、そのすぐ後のことだった。











刺青の聲へ。



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