再逢
目が覚めた時。
そこは見慣れない、灰色の世界だった。
体に触れる、硬質で冷ややかな感触。
ふと見上げた空が、やけに近くて。
ああ、ここはもう皆神村ではないのだと。
そう思ったら……涙が頬を伝わった。
参之路 「再逢」
走って、走って。
ただただ夢中で走り続けて。
気付いた時には、行き止まりにまで来てしまっていた。
「嘘……っ」
切れた息に、血の気が引き青ざめてゆくのが自分でもわかる顔。
焦る気持ちと比例して高まる鼓動もそのままに、慌てて辺りを見渡した。
その視界に大きな扉が入り込み、縋る思いですぐさまそこへと飛びつき……そして気付く。
「……ここ……蔵……?」
長くこの村で育ったと言っても、私はこの髪と目の色で、多くの村人たちから好ましく思ってはもらえなかった。
私と違って黒い髪に黒い目をしていた兄は割と外に出ていたみたいだったけれど、私はいつも立花家の中で過ごしてばかりいて……。
そのせいか、この村に住んでいたというのに村のことを、あまりよく知らずにいる。
祭のこと。
口にしてはいけない場所。
双子ミコ。
客人。
主だったことは知っているけど、それだって簡単にという程度。
村の構造だって、立花家とその周辺や黒澤家までの道のり、あとは主だった道のりに面した場所を少しばかり知っているくらい。
こんな大きな蔵があったことも、この蔵がどこの家の蔵なのかも私は知らないしわからなかった。
「開く……かな?」
目の前の扉を開けてみようとするけど、がちゃがちゃとうるさく両開きの扉同士が擦れあう音を奏でるだけで、どんなに力をこめてみようと開いてくれる気配はまったくない。
「……うう、やっぱり。これ、どう見ても鍵だし……」
あいにく、当然ながらもこの蔵を閉ざす錠を開く鍵など持ち合わせてはおらず。
困り果てて肩を落としながらも、とにかく再び辺りを見渡してみる。
どこかに抜けられる道でもあればいいんだけど……。
今引き返したらさっきの霊にもう一度出会してしまいそうな気がして、とてもじゃないけどそうする気にはなれなかった。
だからこそ今の私には別に進める道が必要なのだけれど……とりあえず視線を右に左にと移してみる。
深く落ちた闇は視野を奪い、多少離れた場所でさえ暗くて見えなくなってしまうため、本当に近場しか視界に捉えることはできなかった。
だというのに、なんとも都合のいいことに、この扉のすぐ横に別の入り口らしきものを見つけることができ、私は思わず目を瞬かせる。
運がいいってことなのかな。
とにかく戻るよりは断然いいはずと、自分に言い聞かせるようにそう思い、私は小さく息を飲んでその扉の奥へと足を踏み出した。
鍵がかけられる場所もなさそうだし、その扉は難なく私を飲み込んでゆく。
「し、失礼します」
どうか、村人たちの霊に会いませんように。
そればかりを心の中で強く願いながら、ゆっくりと恐る恐るその先へと進んでみる。
もともと足は速い方じゃないけど、それにしたってこの歩みは遅すぎるだろうって、どこかで冷静な私がつっこんだ。
そんなこと言っても暗くて危ないし、怖いし、仕方ないと思うけど。
「……茨羅?」
突然かけられた予期せぬ声に、驚いて思いきり肩が跳ねる。
変な声が出なかっただけ自分を褒めたくなるけど、今はそんなことよりももっとずっと大事なことがあった。
だってこの声は……。
私が、この声を聞き間違えるはずはない。
どくりと強く脈打つ鼓動に突き動かされるかのように、私はすぐに慌てて振り向いた。
そこには、硬質な造りの壁に、鉄の格子がはめられている窓があり……。
「樹月!」
思わず声を張り上げて、すぐさま駆け寄る。
鉄格子のはめ込まれた物々しい窓の向こうには、ひとりの少年の姿があって……。
何故か髪が真っ白に染まっているけれど、私が彼を間違うはずはない。
だって彼は……。
「樹月……。樹月だ……。樹月ぃ……」
泣きたいほど、会いたかった。
苦しいほど、触れたかった。
たとえ彼が、もうこの世にはいない存在となってしまっていることが、わかっていたとしても。
だって、彼は……。
……私の、好きな人。
参之路・了
[*前] [次#]
[目次]