サン
この村に来てから季節は何度か巡り。
また、春がきた。
サン・コイナカ
「茨羅、桜を見に行こう」
「え?」
それは突然の樹月からの誘い。
いつもならば、桜が咲いても窓から眺めるだけで終わりにするのに。
今年に限ってどうしたんだろう。
不思議には思ったけれど、幸い今は夜。
昼間ほど、外に出ることに抵抗はない。
「うん、わかった。それじゃあ兄さんたちにも……」
「二人で行きたいんだ」
……二人で?
二人だけで出掛けようなんて、初めて言われたような気がする。
私はますます不思議に思いながらも、特に断る理由もないからただ頷いて応えた。
「うん」
そんな私に、樹月は小さく微笑み。
すぐに私の手を取り、家の外へと向かい歩き出した。
村はずれの桜の樹の下に、私と樹月は並んで立つ。
そして夜空に映える、淡い薄紅色をしたその花を静かに見上げていた。
「うわあ……綺麗だね」
私、こんなに近くで桜を見たのは初めて。
辺りはすっかり暗くなってしまっているけれど、今日は月も星も出ているから、完全な暗闇にはなっていなくて。
お蔭で桜が良く見えた。
更に言うなら月明かりに映えて、昼に見るのとまた違った美しさを醸し出しているため、息を飲むほど綺麗だと思わず吐息を漏らしてしまうくらい。
「……茨羅」
「なに?」
樹月に呼ばれ、私は桜を見上げていた視線を引き戻し、すぐに彼へと振り向いた。
けれど彼と向き合った瞬間、私の中に僅かな戸惑いが生じる。
どう、したんだろう?
樹月は今までにないほど凄く真剣な表情で、私を見つめてきていた。
「……樹月?」
困惑しながらも首を傾げて問いかければ、樹月は静かに言葉を紡ぎだす。
「茨羅、僕は君が好きだ」
……え?
「妹としてじゃなくて、ずっと……好きだったんだ」
……妹としてじゃ、なくて?
それって……。
私は確かに家の中に引きこもってばかりいるけど、そういう話が全くわからないわけじゃない。
兄はそういう話をしないけれど、八重たちがよく話していたから。
……だけど、私は……。
「……あれ?」
樹月とは、ずっと本当の兄妹のように育ってきて。
だから私は樹月を兄のように思っていたつもりだった。
……でも。
「わ、たし……」
知らなかった……。
こんなに、こんなに嬉しいと思える気持ち。
――……嬉しくても涙が出るって、本当だったんだ……。
「私、も……樹月が、好き。兄さんとしてじゃなくて……樹月が、好き」
告げながら、思わず樹月に強く抱き付く。
たぶん、きっと。
綺麗だってこの髪に触れてくれたあの時から、ずっと。
自覚できていなかっただけで、ずっとずっと好きだったんだ。
「良かった……っ」
私の体を抱きしめ返して。
樹月は私の耳元で囁くように言葉を紡ぐ。
「ずっと不安だったんだ。茨羅は僕のことを兄としてしか見てくれていないんじゃないかって」
そ、それは……。
「ありがとう、茨羅。僕を好きになってくれて」
「そんな……。私の方こそ、私を好きになってくれてありがとう、樹月」
私たちは少しだけ離れ、顔を見合わせて笑い合う。
何だか、凄く凄く幸せな気持ち。
この刻がいつまでも続けばいいのにな、などと思っていると、樹月が思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。茨羅、このことは弥生にだけは言ったら駄目だよ」
「兄さんに? どうして?」
兄だけ駄目って、どういうことだろう。
首を傾げる私に、樹月は苦笑を浮かべながら、どうしてもとだけ告げる。
……良くわからないけど、とりあえず私は頷くことにした。
どのみち、恋人同士になれたなんて、気恥ずかしくて私からは言えないだろうから。
サン・了
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