紅い蝶
――シャンッ、シャンッ。
階段を駆け下りていく度に大きくなってゆく、金属が擦れあうような高くて軽い、鈴のような音。
この音は……宮司さんたちの持つ、錫杖の音?
それを耳に、いったい何が起きているのかわからない私は戸惑いと不安から小さく声を上げる。
「何っ? 何が……っ!? 澪ちゃんっ!」
再び訪れた×のある場所。
その×の前に、いつの間に現れていたのかたくさんの宮司さんたちが集まっていた。
宮司さんたちに囲われるように地に×が大きく口を開けていて……その傍に置かれた岩の前で、ゆっくりと立ち上がってゆくひとつの人影が見える。
澪ちゃん、だった。
ゆっくりと、茫然と立ち上がった彼女の下には……。
「繭、ちゃん……」
岩の上で、ぐったりと力なく横たわる繭ちゃんの姿が見え、私は思わず息を飲む。
そんな……これって……。
愕然と眼前の光景を見つめることしかできずにいた私の視線の先で、力無く垂れた繭ちゃんの腕を……忌人の人たちが抱えあげた。
ちょっと待って……っ、何を……何をする気なの!?
だめ、そんなの、そんなの、絶対だめ!
慌てて我に返り手を伸ばすけど、もう、遅かった。
抱え上げられた繭ちゃんの体が……。
――……×へと、放られる。
「そ、んな……っ」
「お姉ちゃんっ!」
くらりと目眩を覚え力を失いかけた私の目の前で、澪ちゃんが×へと駆け出した。
私は慌てて我に返ると、すぐに澪ちゃんを止めるため、手を伸ばし直す。
「駄目っ! 澪ちゃんっ! そこは……」
見ては、いけない。
「!?」
澪ちゃんがそこを覗こうとする、その直前。
それを止めてくれたのは、×から舞い出た、一羽の紅い蝶だった。
「あ……」
ひらり、ひらり。
蝶は、舞う。
誘うかのように。
――……導くかの、ように。
「澪ちゃんっ! 行こうっ!」
「茨羅ちゃん……私は……」
「何も言わなくていい。だから、今は……」
あの蝶を、追わないと。
あの蝶はきっと……。
繭ちゃん、だから。
私は澪ちゃんの手を引いて、駆け出した。
「お姉ちゃんっ! ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
泣きじゃくって、繭ちゃんのことを必死に呼んで、謝り続ける澪ちゃん。
私には、彼女に掛けられる言葉が見つけられなくて。
ただ、その手を引いて、駆け続けた。
駆けて、駆けて、駆け続ける私の耳に、ふと声が届けられる。
――ごめんね、茨羅。今まで……ありがとう。
それは。
その声は……。
「紗重……八重……」
確かに、二人のもので。
弾かれたように顔を上げれば、そこには宙に舞う、鮮やかなまでの……。
紅い蝶たち。
「あ……あぁあ……っ!」
澪ちゃんから、声にならない声が漏れる。
「ぅあぁあぁああぁあっっ!」
溢れて、溢れて……次から次へと。
想いが、積もって、募って、零れて……。
泣きじゃくる澪ちゃんと、茫然と蝶たちを見つめることしかできずにいる私を……。
夜明けの日の光が、照らし出した。
拾伍之路・了
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