樹月
どうして、どうして、どうして、どうしてッ!?
何で、こんな……。
――私たちのせいだよ。
ふと、紗重の言葉が脳裏に蘇る。
「私、の……せい?」
私が、ひとりで逃げたから……。
私が、何もできなかったから……。
だから、だから樹月は……。
「私の……っ」
私の、せいで……っ!
「……違うよ、茨羅。君のせいじゃない」
次から次へと溢れだし、止まることを忘れてしまった私の涙。
絶望と自責に目の前が真っ暗になってゆき、自分が今ここにいるというその事実さえもあやふやになりだしたその時。
優しく、静かに私の耳朶を打った柔らかなその声に、私は慌てて顔を上げた。
「樹月……」
「お兄ちゃんっ!」
いつの間にか私のすぐ傍に立っていた樹月へと、千歳ちゃんが嬉しそうに抱き付く。
樹月は、そんな千歳ちゃんの頭を撫でてから、座り込む私の目線に合わせるように、ゆっくりと膝を折ってくれた。
同じ高さで見つめてくるその黒い瞳を前に、私の顔が歪んでゆく。
ぽろぽろと、堰を切ったように、涙腺が壊れてしまったかのように、とめどなく涙が溢れ出した。
「樹月……、ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ! 私、私のせいで……っ、私、ひとりで逃げ……っ」
「茨羅のせいじゃないよ。だから、泣かないで」
「でも……っ」
泣きながらよりいっそう顔を歪めて首を振る私の頭を撫で、樹月は優しく……でも、どこか哀しそうに微笑んだ。
そして、視線を一度澪ちゃんへと向ける。
「奥に、家紋風車の残りの場所を記した地図があるから……」
「……はい」
樹月に示されるまま、澪ちゃんはすぐに蔵の奥へと歩んでいった。
それはきっと、気を遣ってくれてもいるのだと思う。
今の私には、そんな彼女に感謝する余裕すら持てずにいるけど……。
「樹月……」
少し間を置き、睦月が静かに樹月を呼ぶ。
その声を聞いて、気付いた。
私、自分のことで精一杯だったけれど、樹月に会いたかったのは、睦月だって同じだったんだ。
そのことに気付き、私はようやく少しだけ落ち着くことができはじめる。
胸の奥に固まる重く苦しい感覚が和らいだわけではないけれど、でも今はただ黙って樹月と睦月の再会を見守ることにした。
私にはわからない想いが、二人の中にはあるのだろうから。
「睦月……、ごめん。僕は、君を……」
「謝るなよ。俺は、樹月のことを恨んでなんかいないんだから」
樹月の言葉を遮ってそう言うと、睦月は樹月に抱きついたままの千歳ちゃんの頭を優しく撫でた。
「千歳、ちょっと澪さんのお手伝いをしてきてくれないか?」
「でも……」
「僕からも、お願い」
睦月と樹月、二人の兄からお願いされ、千歳ちゃんはしばし悩んだけれど、少しして渋々頷くと樹月から離れ澪ちゃんの元へと向かってゆく。
……それはきっと、これから話す内容を、千歳ちゃんには知って欲しくないから。
だから二人は千歳ちゃんをこの場から遠ざけたんだとそう思う。
その想いは、私にしても同じだった。
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