桐生
……樹月に会う前はそこに行くしかないとさえ思っていたのに。
今は、思い知らされてしまうことに恐怖を感じてしまっている。
わかっているはずなのに……私は、まだ……。
だって、私にとってはまだ、どの記憶も幸せなまま鮮明に残っていて……。
樹月のことも、みんなのことも、この村のことも……全部、ぜんぶ。
過去になんて、できないよ。
「マタ、ワタシヲオイテイクノ?」
「!」
地下を歩いていたら、突然聞こえてきた歪な響きを宿したその声。
それに弾かれるようにして振り返ったその先にいたのは……。
「紗重……」
私の大切な友人が、最後に会った時の記憶とあまり変わりない姿でそこにいる。
違う場所といえば、その身に纏っている白い着物に、赤い色が鮮烈なまでに映えていること。
あれって……。
「アハハハハハハハハハッ!」
「紗重ッ!?」
唐突に、何の前触れもなく大きく笑い出した紗重に驚き、思わずのびくりと体を跳ねさせつつも彼女の名を口にすると、彼女はにっこりと優しく笑みを浮かべ直して近付いてくる。
紗重の笑顔、見慣れているはずなのに……どうしてだろう。
こわい、と、思ってしまうなんて……。
「八重……茨羅も戻ってきてくれたよ? 私たちの儀式を、見守っていてくれるために」
「……え?」
ちょっと待って。
紗重、いったい、何を言い出すの?
「八重、儀式を、しよう?」
「ひっ!」
紗重の手は、戸惑い困惑する私にではなく澪ちゃんへと伸びてゆき……。
澪ちゃんは短く悲鳴を上げると、すぐに私の手をとって慌てて紗重がいる方とは逆方向、もともとの目的通り立花家の方へと向かい駆け出した。
それが突然のことだったため、私は手にしていた射影機を、澪ちゃんも慌てていたせいか、射影機と懐中電灯を落としてしまう。
「待って、澪ちゃんっ! 射影機が……」
手を引かれるまま走りながら振り返れば、落とした射影機の傍には紗重の足があって……。
「マタ、ワタシヲオイテイクノ?」
背筋が、ぞくりとした。
紗重……だよね?
私の知っている、あの優しい紗重……なんだよね?
「さ……え……?」
「茨羅ちゃん! 早く!」
気付けば、澪ちゃんはもう、立花家へと続く梯子を上り始めていて。
私は紗重を気にしながらも、言われるままに梯子へと手を伸ばした。
そんな私の耳に、確かに届いたその言葉……。
――茨羅……ごめんね。
思わず振り返ったその先に、もう紗重の姿はなく。
それが何に対しての謝罪なのかもわからないまま……。
私は、ゆっくりと立花家へと踏み入った。
七之路・了
[*前] [次#]
[目次]