使えぬ力



つくづく、厄介な場所に来た、と。



俺は家宝の刀の柄に指を馳せ、ひとつ盛大に溜息を吐いた。













第四夜 「使えぬ力」













「……それじゃあ、開けますよ」


氷室邸の扉に手を掛け、確認するようにこちらへと肩越しに振り向く深紅。

……いや、この場合、俺が開けるべきだと思うんだが。

深紅、一応女の子だし。


「一応って何ですか」
「あー、口に出てたか」
「……白々しい……」


半眼で睨まれ、俺は苦笑しながらも、深紅とは別に扉に手を掛ける。


「ま、そういうわけだから、深紅は俺の後ろから来い。この先、安全だとは到底思えないからな」
「……はい。ありがとう、弥生」


まだ外にいるというのにひしひしと伝わってくる重苦しい重圧は、それだけで既に屋敷の中の様子の在りようを無言のまま窺わせた。

だからこその俺の言葉に、先ほどまでのやりとりを引き摺る気はないのだろう、深紅は小さく微笑み扉から静かに手を引いてゆく。

そんな彼女に僅か笑みを返し、俺は氷室邸の扉をゆっくりと開いた。

瞬間、鼻に纏わりついた埃臭さに思わず眉を寄せ鼻と口元を覆う。

鼻と口内、喉を刺激したその空気に違わない埃っぽく古めかしい屋内が、眼前へと晒し出された。

正直、もう既に身を翻して帰りたいところなんだが、真冬のためだ、中に入るか。

これが樹月や睦月だったなら容赦なく置いて帰ったのに。

そんなことを考えながら屋内へと足を踏み入れた、その直後。



ドクンッ――。




「!?」


唐突に体が強く脈打ち、思わずすぐに胸元を抑える。


「こ、こは……」


ぐらりと視界が歪むような、体の中が痛みなく捻られるような、この何とも言えない複雑な感覚。

それに襲われ思わず顔をしかめた俺は、無意識に手を刀へと運ぶ。

指先が刀の柄に触れたその瞬間。

不可解で不愉快な言葉にし難いその感覚の理由が解った。



ここは、空間が歪んでいるんだ。




「……ちっ。深紅」


振り向いて呼べば、深紅は宙へと視線を這わせているところだった。

その視線の先を追ってみるが……何もない、よな。


「深紅?」
「……助けて」
「は?」
「今、助けてって、声が……」


声?

俺には聞こえなかったが…。



まあ、深紅や真冬、それに茨羅に比べれたら、俺の霊感なんざ弱々しいものだしな。

……一般人よりは、よっぽど強いはずだが。




「……弥生? 今、何か言おうとしてませんでした?」
「え? ああ、そうそう。お前、この刀のことは知ってるよな?」
「弥生が話してくれた程度には……」


気を取り直し、話そうとしていた話題を口にする。

それはもちろん、俺の刀についての話だ。



この刀には、二つほど能力がある。

ひとつは、俺と妹の茨羅だけにしか作用しないが、時間と空間を越える力。

まあこれは、刀があっても俺にしか使えない力のようだが。

そしてもう一つが、ありえないものたちを浄化する力。

それらが、この刀の能力なのだが……。


「どうやら、ここだと時空を越えることができねえみたいだ」
「……え?」
「ま、浄化には支障はなさそうだけどな。何か、空間がおかしいんだよ、ここ」
「それって、どういうことですか?」
「さあな。詳しくはわからない。が、まあ、どっちにしろ、お前を置いても行けないから、そっちの力を使う気はなかったけどな。一応、報告」
「……そうですか……」


取り敢えず、当面はそう深く考えることでもねえし、大丈夫だろう。

軽く考え、俺は深紅に奥の扉を示す。


「じゃ、さっさと真冬探しに行こうぜ」


で、さっさと帰るぞ。

そんな俺の言葉に、深紅は深く頷いた。













第四夜・了



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