氷室邸
「ここが……氷室邸……」
呟く深紅の傍らで、俺は目の前の歪な空気に包まれた大きな屋敷を見上げていた。
第三夜 「氷室邸」
きっかけは、真冬に借りた本を返しに来た時。
深紅が血相を変えて相談してきたことだった。
内容は、彼女の兄であり、俺にとっては恩人でもある真冬が、恩師だかを追って、氷室邸へと向かってしまい、連絡がつかなくなってしまったとのことで。
心配だから探しに行きたいという彼女に同意し、俺も同行することになった。
「まったく……。よりにもよってこんな場所とはな。バカだろ、その何とかって奴。本当、バカだバカ」
考えなしのその行動に腹が立ち悪態を吐けば、隣に立つ深紅が苦笑を浮かべる。
「高峰先生のことですか?」
「そうソレ。たく、自殺願望なら他人巻き込んでねえで別のところで勝手にひっそりやれって言うんだよ」
バカだバカだ、救いようのない大バカだととにかく罵り続ける俺に、苦笑はしつつも否定はしてこないことから、多分深紅も少なからず同意見なんだろうと思われた。
本当、他人の迷惑省みろよな。
もし万が一出会えたら、問答無用で俺が叩き斬ってやるか。
首を洗って待っていやがれ。
「ところで弥生、この場所のこと、知ってるんですか?」
「ん? ああ、真冬に借りた本に載っててな。……確か、縄が……えーと、縄が……」
たぶん、さっきのこんな場所発言に疑問を抱いたんだろう。
深紅に問われた俺は腕を組み、しばし記憶を探ってみる、が。
「……縄なんだよ、とにかく」
諦めた。
何かもう面倒だし、大体これから行くんだから、詳細なんて嫌でも解るだろ。
そんな投げやりな俺の態度に、深紅はあからさまに呆れ顔をしてみせる。
それはかなり不本意だったため、俺はすぐに思い出せない理由を教えることにした。
「あのな、皆神村のことを調べるだけで、手一杯だったんだよ。他のことになんか興味なかったし」
「はいはい。わかりましたから、さっさと行きましょう」
「…………」
わかってないな。
俺の大事な大事な可愛い妹、茨羅を救う道を探すことの重大さ、一度きっちり教え……って!
「おいっ! 深紅っ!」
気付けば勝手に先に進み出した深紅の背を、俺は慌てて追いかける羽目になった。
第三夜・了
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