必ず
月詠堂の地下。
梯子を下った、その先で。
目にしたそれは……。
女性の、木乃伊だった。
第十三夜 「必ず」
「……弥生、これって……」
「そうだな……。宗方の手記にあったのは、多分、この場所のことだ」
初代縄の巫女、か……。
……正直、見たくはなかったな……。
こんな姿にされてなお、晒されるようにこんな薄暗く寒々しい場所に置かれ続けるなんて、この屋敷のやつらはどうかしている、本当に。
「深紅、取り敢えずその鏡の破片だけ回収して、一旦戻るぞ」
奥へ進む扉には、鍵が掛かっていたしな。
別の進める場所か、もしくはここの鍵を探してこねえとならないだろう。
「そう、ですね。……戻りましょう」
頷きながら、深紅は鏡の破片を回収して……。
――……回収、して?
ぞわりと、突然肌が泡立つ感覚。
もう幾度も体感したこれは……。
――予兆。
「っ! まずい、深紅っ! 戻れっっ!」
「え?」
俺の声に導かれるように振り向き、そこでようやく深紅もそれに気付いたらしい。
――やっぱり、出てきたか。
俺と深紅の視線の先。
深紅がいる場所の、すぐ傍に溜まっていた水の中から、ゆっくりと姿を現し出す彼女は……。
「霧絵……っ」
どうして今まで気付かなかったのか。
御神鏡の破片を手に入れる度に、まるで見計らったかのように彼女が現れていたという、その事実に。
「弥生っ!」
「深紅っ! 早く戻れっ!」
「あ、は、はいっ!」
すぐに促して、梯子のある場所まで戻ってこさせた深紅を、先に上へと昇らせる。
霧絵はまだ、全身を現しきってはいない。
だからこそ、今の内に早く逃げなければ。
俺たちの手にも足にも、もう縄が巻き付いてしまっているんだ。
次は、ない。
「! 弥生っ! 弥生も、早くっ!」
「……深紅」
あいつ、確かすかーと、だったからな。
仰ぎ見て確認することはできねえけど、たぶん、梯子を昇る手を途中で止めている。
「俺は大丈夫だから。先に行っていろ」
「そんな……っ」
今はもう、霧絵は完全に姿を現していて、俺の方へと目を向けていた。
強い恨みのこもったその双眸に射抜かれて、全身がぞくぞくと泡立ち、必死に危険信号を送ってきている。
正直、足が竦むほどの重圧だ。
イヤな汗が頬を伝ってゆくのがわかった。
――俺は……死ぬわけには、いかねえんだけどなあ……。
そう思うけど、でも。
「深紅、行け。必ず、追い付くからさ」
助けたいんだ、深紅を。
見捨てるわけには、いかない。
「弥生……っ」
掠れるような深紅の声に、聞こえないふりをした。
頼むから、早く行ってくれ。
お前を守れなかっただなんて、そんなこと真冬に伝えられねえだろ。
そんなことを思いながらも、思い浮かべたのは別の人物の顔。
俺の大事な、何よりも大切な存在。
――茨羅……俺は……。
迫り来る霧絵に、刀を向けることもできず。
ただ、大切な妹のことを強く強く想い。
深紅が、無事に生き延びてくれることを願い。
……俺は静かに。
ゆっくりと……目を、閉じた。
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