八重
中庭で。
視た、光景は……。
「八重……」
呟く宗方と、その視線の先にある大きな一本の木の枝から下げた頼りなげな……けれどきっとしっかりとした作りなのだろう、紐で首を吊っている……。
八重の、変わり果てた姿だった。
第九夜 「八重」
愕然とした。
少し前にここで視たアレは、やはり本物だったのだと。
事実を、眼前にはっきりとつきつけられて。
「八重……」
「娘は、どこ……?」
――娘……。確か、ミコト……だったよな。
「弥生……」
「深紅、悪いがちょっと待っていてくれ」
これは、俺がやらなければいけないこと。
……訊かなければ、いけないことだから。
「……はい」
「悪いな」
心配そうな表情を浮かべながらも頷いてくれた深紅に小さく笑いかけてから、俺は真っ直ぐに八重を見据える。
随分、大きくなったな。
俺より、年下だったのに。
「八重」
「娘は……」
「八重っ」
話を聞く気がないのか、ただ娘の姿ばかりを求めて自分の周囲に虚ろな視線を迷わせる八重に、少し強めに呼びかける。
それでようやく、八重の視線は俺を捉えた。
「……久しぶりだな、八重」
俺にとってはそれ程時間が経っていないが、八重の今の姿を見るからには、彼女にとっては俺との再会は久しぶりだと思われる。
しかし八重は……。
「……誰? どうして、私のことを知っているの?」
「な……に……?」
俺が、解らない?
どういうことかと戸惑うが、もしかしたらまだ意識がはっきりしていないのかもしれないと思い直し、もう一度言葉を向けてみる。
「弥生だ、八重」
「……弥生?」
名乗っても、わからないと疑問符で返された。
どういう、ことだよ?
見たところからかわれている様子もなく、困ったように眉を寄せて俺を見る八重に、俺の方が困惑する。
「八重っ、それなら紗重はっ? あの村は……樹月や睦月はどうしたっ?」
「さ、え……? 村……?」
困惑から生まれた焦燥に駆られ、思わず一気にまくしたてるように問いを放てば、八重は頭を抱え込み、唇を戦慄かせる。
――……まさか、記憶が……ない?
ちょっと待て。
そんな状態の八重が、宗方と二人でここにいて……。
紗重は、いない。
それと、真冬に借りた記述から察して考えると……。
――儀式の失敗は、樹月たちと八重たちの、両方……?
そうか。
樹月たちが失敗すれば、次は八重たちの番……。
そうなってしまった時に、樹月が二人を逃がしていても何ら不思議じゃあない。
ただ、ここに紗重の姿がないとなると……。
逃げきれたのは、八重だけ、なのか?
だとすると、紗重は……。
「……宗方に訊くしかないか」
おそらく、あいつが唯一全てを知る人物。
まさか、八重のように記憶がなくなってる、なんてことはないよな?
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