巴
「……深紅、大丈夫か?」
あの水車の付近で見た映像。
それは深紅の表情を曇らせる理由として、充分納得できる。
俺だって、いい気はしない。
「真冬なら大丈夫だろ。殺しても死にはしねえさ」
「……人の兄を何だと思ってるんですか」
第六夜 「巴」
さてさて。
そんなわけで。
俺達は今また、何度目かになる中庭にいる。
「……いい加減、ここ通るのも飽きたな」
こんなことなら、あのおっさんを残しておいて使うべきだったか。
そんなことを考えつつ溜息を吐く俺に、深紅はさっき手に入れた石……何かよくわからない仕掛けで、灯籠の中に入ってたヤツを握り締め、苦笑していた。
「飽きたとか……そういう言葉で済ませられる弥生の神経って、本当に凄いですよね」
こんな場所なのに、と付け加える深紅のそんな言葉の方に、今度は俺が苦笑する。
「褒め言葉として受け取っていいのか?」
「そうしておいて下さい」
その答えに僅かに肩を竦めて、とりあえず深く追及することはせずに先へと進むため、もう見飽きた木の下を通ろうと歩を進めた。
その時。
「!」
あれは……首吊り死体……?
一瞬見えたその霊は、女性で。
「今の……。いや、まさか……な」
「弥生?」
困惑する俺の顔を覗き込む深紅に、何でもないと首を振る。
――まさか、だよな。あいつが、こんなところにいるはずがない。
例えいたとしても、一人でこんな場所で首を吊るはずが……。
ひとり歩きしだした思考を、我に返ることですぐさま中断。
その思考を振り払うかのように首を振って溜息を吐き、俺は深紅と共に予定通り先に進むことにした。
今は確証のないことで足を止めている場合ではない。
真冬を探さねえと、と、自分に言い聞かせるように強く強く意識した。
ぱっぱとさっさと先に進み。
今は不気味な井戸のある庭にいる。
俺達はそこで……。
「うっわ。そのジジイ、本気でぶっ飛ばしてえな」
「でしょう?」
巴と名乗る女の霊と談笑していた。
彼女はちょっと前に会ったおっさんと、真冬がこんなとこに来る原因を作りやがったジジイと一緒に、この屋敷へと来たらしい。
と、言うよりも、そのジジイに無理矢理連れ回されていた感じだ。
可哀相に。
本当、そのジジイ、どこまでも救えねえヤツだな。
「よし。じゃあ、一緒に行って、そのジジイを完膚無きまでに叩き潰すか」
「……え? ちょっと、弥生……?」
「本当っ!? 連れて行ってくれるのっ!?」
俺の言葉に、何故か不服そうに眉根を寄せる深紅と、そんな深紅とは対照的に明るく表情を輝かせる巴。
巴は嬉しそうに、俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「弥生君って、格好良いし、優しいのね」
いや、それよりも腕。
腕、寒い。
離すように頼もうと思った次の瞬間。
ガシャンッ――。
「きゃあぁっ!」
巴が、消えた。
いや、消されたのだ。
……深紅に。
「み、深紅?」
突然のことに驚いて彼女を見れば、何故かにっこりと微笑み返された。
え。
笑ってるはずなのに、背筋凍りそうなんですけど。
「さあ、行きましょう? 弥生」
「お、おう……」
有無を言わせぬ深紅の迫力は、その辺の怨霊も裸足で逃げ出すんじゃないかってほどだ。
思わず半身引いてしまったが、もちろんそんな深紅にあえて逆らう必要もないため、俺たちは再び二人で先を目指した。
第六夜・了
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