緒方
「兄さんっ!」
ようやく見ることのできた捜し人の姿に、俺と深紅は急いで階段を駆け上る。
しかし、階段を上りきる頃には既にその辺りに真冬の姿はなくなっていた。
第五夜 「緒方」
天井の梁から縄がたくさんぶら下げられているという、趣味を疑うような廊下で視たあの女性……。
あれは、本気で危険だ。
今まで会ったどの霊よりも、強力な怨念……痛みや悲しみ、怒りなどの強い負の感情をこちらへと纏わりつけるように、叩きつけるように放っていたのだから。
その霊の姿を視る少し前、俺たちは縄がぶら下がる廊下の先、大きな姿見の前に落ちていた射影機を見つけていた。
俺が以前、村で見て知っていたそれと同じもの……いや、少し形は違うか? とにかく、それは真冬の物だったらしい。
見覚えがある、と、それを深紅が拾いあげたその瞬間、頭の中に直接映像が流し込まれた。
その映像こそが、負の感情を強く強く身に纏い辺りに撒き散らすあの女性の霊の姿を映したものだった。
その女性と、彼女が従えるように背に負う無数の腕とが、俺たちの探し人、真冬を狙い追いかけるその光景。
そんなものを視せられて平静でいられるほど俺は暢気じゃあない。
……早く、早く真冬を捜し出さねえと、嫌な予感がする。
「……弥生、あの人、この先に消えましたよね?」
真冬を追って囲炉裏のある間の二階へと向かい、そこで消えた真冬の代わりに、階下に現れたひとりのおっさん。
あいつは確かに、この先に消えたはずだが……。
「……衝立、か……」
怪しいと言えば怪しいよな。
深紅と二人でその衝立を見つめていると、突然背後に気配を感じ、すぐさま揃って後ろへと振り向く。
「!」
そこにはいつの間にか、白い着物を着た少女が立っていた。
彼女は無言のまま、すっと片手を上げ、その指で深紅の射影機を指し示す。
次いで、そのまま指先を衝立へと移ろわせた。
「……え?」
「助けて……」
不思議がる深紅に、少女の囁くような一言が静かに届けられる。
ともすれば聞き逃してしまいそうなほどに短い一言を耳に再び振り返るが、その時には既にそこにはもう少女の姿はなくなっていた。
「今の……。あの時の……」
ぽつり、ひとり小さく呟く深紅。
その隣で、衝立を見つめていた俺は、それにふと気付いた。
「深紅、そこ」
「え?」
衝立の一部が、不自然に歪んでいる。
そこを示せば、深紅はそれだけで気付いたらしく、そこを射影機で写し撮った。
「弥生! これ……」
「扉か……」
射影機で写された写真には、そこにあるはずの衝立は写っておらず、代わりにひとつの扉が写し出されている。
……つまり。
「深紅、ちょっと退いてろ」
そう言って俺は、全く迷うことなく、目の前の衝立を刀で叩き斬る。
するとその先に、写真に写されたものと全く同じ扉が現れた。
「……弥生、ちょっと荒っぽくないですか?」
「構わねえだろ」
飄々と答えれば、呆れた様子であからさまな溜息を吐く深紅。
いいんだよ、どうせもう誰も住んでねえんだし。
とにかく、さっさと先に進むぞ。
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