シュウ



怒号や苦鳴、奇声のような声が飛び交う中、俺はしっかりと前を見据えて声を張る。




「邪魔するなら、叩き斬るッ!」




肌や髪、着物に纏わりつく赤い液体に不快感を抱きつつも、同じもので濡れて光る俺の刀の切っ先は、今も変わらず村人たちを捉え続けた。

農作業用の道具や生活用具などを持ち出し振り回す村人たちは、基本的に荒事に慣れてはいない。

霊相手だったとは言え、多少なりとも実戦経験を持つ俺にしてみれば、その動きはどれも鈍く読むのに難くないもの。

慢心しているつもりはないが、俺が負ける道理はないな。

……数が多すぎる、ということを除けば。

一人にかける斬数はなるべく少なくしねえと。

できうる限り、一撃で致命傷を与えていきたい。

俺の体力のためにも、相棒でもあるこの刀のためにも。

霊を相手にするのとは違い、生身の人間を相手にするというのはその血液や体液、それに何よりこびりついてゆく脂が、刀の切れ味を落としてゆく。

刃こぼれもしないとは言い切れないしな。

まあ、生き残ることの方が優先だから、下手に無理をしてあえて致命傷ばかりを狙い続けるわけにもいかねえが。



血霧を撒き、体液を散らし、肉片を地に叩きつける勢いで刀を振るい続け。

いつの間にやら血の海と化していた庭先に、続々と物言わぬ肉塊が増えていく。

が、それ以上に生きている奴らの数が多い。



……クソッ、やっぱ生身を斬ると重てぇな……。



肉、骨、血、脂……裂く度に刀の重みが増してくる。

斬れ味も、そろそろ落ちてきたようだ。

斬るために必要とする力も増し、もはや斬るというよりも力任せに殴りつけているような感覚だった。



更にマズいことに、息まで上がってきやがった。



――諦め、られねえのに……っ。



茨羅が、幸せになってくれるそのためには……。



あいつらが、生きていてくれるためには……。





この手を、どれだけ汚そうとも、俺には護りたいものがあるから。




だから……。




「俺は……っ、絶対にっ、テメェを……っ、止めるッ!」




体力は限界に近い。

だからこそ、狙いを黒澤家当主のみに定める。

刀の切っ先を当主へと向ければ、奴を庇うように村人たちが盾になりだした。



……わかってる。



あいつは、あれでも八重と紗重の父親だ。



なるべく殺さないように…………できるか?



まあ、なるようになるか。



それに今はまず、あの肉の壁の方をどうにかしねえと。



俺は刀を構え直すと、ゆっくりと息を吸った。

幸い、なのか、充満するこの鉄臭さにはもうだいぶ慣れてきたようだ。

不快感を通り越して、何も感じなくなっていた。

一拍後、吸った息を短く吐き出す。

同時に、地を強く蹴りつけた。



体勢を低く保ちつつ駆けながら、目の前にいたひとりの胴を深く薙ぎ、その太刀の勢いを殺さぬまま横手の奴の首を裂く。

直後に振り下ろされた鎌を鞘で受け止め……。



弾き返そうとした、その瞬間。




「!」




脳に響いた鈍い音が、殴られたために生じたものなのだと気付くまで、少しばかり時間がかかった。


「……ぅっ……」


霞んでゆく視界に映る光景が、やけに緩やかで。

まだ動けると食いしばろうとする意志は、体を動かす伝達に変わってはくれない。

迫り来る大地に捕らわれるその直前、確かに黒澤家当主の声が聞こえてきた。




「……私一人をどうしたところで、儀式を止めることなど出来はせぬ」




呟くように吐き出されたその言葉に宿る感情まではわからなかったが、その意味だけは忌々しくも理解でき。


「……っく、そ……っ」


意識が完全に沈み込む前に……。



俺は、刀の柄を強く握った。





――……すまない……っ!





その想いを、樹月や八重たちに伝える術はなく。



せめて、せめて妹には……。





意識が薄れていく中、俺は雨に打たれるような感覚をどこか遠く感じていた。















聲ヘツヅク。



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