「……アカ、ニエサイ?」


聞き慣れないその単語を反芻する俺に、樹月はしっかりと深く頷いた。













シ・マツリ













もともと余所者だった俺は、正直この村のことについては疎く。

今まではそれが生活していく上で苦になることもなかったため、特に気にもしていなかったのだが……。



――……甘かったな。



茨羅もだいぶ大きくなってきた今。

村人たちが俺たち兄妹に教えることのなかったそれを、樹月たちが話してくれている。



今この場には、茨羅と俺、立花双子と黒澤双子の六人が集まっていた。



この皆神村で行われる祭事。

それは紅贄祭と呼ばれるものらしく。

黄泉へと通ずるとされる、口に出してその名を紡ぐことすら禁忌だという×と仮の呼称を得たその場所を封じるため、双子の兄または姉が、自らの弟または妹を殺してその亡骸を×へと放り込むという内容なのだと樹月は言った。


「そ、そんなのって……」


その話を耳にした直後、茨羅がその目に涙を浮かべて信じられない、信じたくないといった様子で首を振る。

それも当然だろう。



ここには樹月と睦月、八重と紗重という……双子がいるのだから。




この村での数少ない親しい存在に、そんな酷な未来があってたまるか。

そう強く思いながら、俺は震える茨羅の体を傍らで支える。

樹月がそんな茨羅の様子を心配したらしく口を噤んだため、代わりに八重が客人という存在についてを話してくれた。



客人……それは×を封じるための一時しのぎに使われる者。



生きたまま全身を刻まれ、より多くの苦痛を与えられた後に、生を繋ぎ止めていられたならばそのまま×に放り落とされるという、ひとの成す所業とはとても思えない惨い役割を押し付けられる、楔と呼ばれるそれにされるのは……。



――余所者。




「ちっ。そういうことか」


黒澤家の当主は、おそらく初めからその役割を俺たちに押し付ける気だったのだろう。

ただ、より苦痛に耐えることができるように、大人になるまでは待つつもりだっただけで。



……逃げてきたはずだったのに、これじゃ意味ねえだろ。




「嫌だよ……ッ、樹月も睦月も、八重も紗重も! そんなことになるのは嫌……ッ」
「茨羅……」


自分のことよりも、一緒に育ってきた大切な存在たちを想い、今にも泣き出してしまいそうな程に顔を歪めて訴える茨羅を心配して。

近付こうとしてきた樹月から、しっかりと茨羅を庇った。



そうしながら、俺は気付いてしまう。




「大丈夫よ、茨羅。私たちだって、そんな儀式嫌だもの。ね、紗重」
「う、うん……」




……こっちも、か。



睦月も紗重も……それはさすがに理解できねえぞ。



幸いなのか、それに気付いたのはどうやら俺だけだったらしく。

俺は小さく溜息を吐くと、ゆっくりと口を開いた。


「まあ、とにかく。まだ何も決まったわけじゃねえからな。とりあえず今は儀式をどうにかする方法を探すぞ」
「……どうにか、できるの?」
「できるか、じゃなくて、するんだよ」


今は紗重の不安そうな理由については深く訊かず。

俺はきっぱりと言い放つ。

そんな俺の態度に、樹月が小さく笑みを零した。


「弥生らしいよ。……頼りにしている」
「お前にそう素直に言われると気持ち悪ィな」


なんか絶対裏があるような気がするんだよな。

思わず眉根を寄せてから、僅か警戒と疑念を含んだ声音で樹月にそう返し。

俺は茨羅へと向き直り、その青い瞳を真っ直ぐに見つめながらゆっくりと含ませるように告げてゆく。


「茨羅、俺が必ず守るから。お前は絶対に幸せになるんだ」


父と母の分も。

二人の願いと想いの分、必ず。



茨羅は、幸せにならないといけない。




「う、うん……」


良く解らないといった様子で茨羅は少し困ったように頷くが、今はそれでいい。



そしてできることなら……。



そのまま何も知ることなく、幸せになってくれと。



切に、願う。















シ・了



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