イチ


「すまない……。守ってやれず、本当にすまない」


鮮烈なまでに記憶に残るのは、決して俯くことも後ろを向くこともなかった気丈な母が、ただその時にだけ零した悲しそうな、悔しそうなその涙。


「茨羅を守ってくれ、弥生」


悲壮とも言える程に必死な父の願い。



俺は両親に強く強く頷いて応えると、現状が理解できずに不思議そうに小首を傾げる幼い妹の手を、しっかりと離さないよう握りしめた。













イチ・ハジマリ













初めてこの力に気が付いたのは、俺がまだ本当に幼かった頃。

茨羅なんて、ようやくひとりで歩けるようになったばかりだったのだから、当時の記憶などほとんど残ってはいないだろう。



その日、俺と茨羅は家宝の刀が飾ってある部屋で遊んでいて。



その刀に触れたのは、本当に偶然だった。




「……え? どこだ、ここ?」




その刀の能力なんて知らなかった俺は、最初は何が起きたかわからなくて。

見知らぬ森の中に突然放り出され、不安と驚きから泣き出す茨羅をあやしつつ、呆然と辺りを見渡していた。



そんな時。



たぶん、俺と茨羅の気配を察したんだろう、ありえないものたちが寄ってきはじめて。

当時、その存在自体は見慣れていた俺だったが、そいつらを消してくれていたのは、いつも母だったから。

茨羅もいる中、母がいないこの場では自分がどうにかしなければいけないと焦る俺は、ふと足元に転がるあの刀に気が付いた。



それからは、ただ必死で。



刀は父の獲物だから、父が刀を振るう時のその姿を、記憶の中からただ夢中で手繰ったんだ。




「茨羅、大丈夫だから。絶対に、俺が守るから」




茨羅を守るために、とにかくがむしゃらに無我夢中で刀を振るい続けた。



……後で聞いた話になるが、この刀だけは父にも抜くことができなかったらしく。

俺が抜くまでは、ずっと鞘に収まったままだったとのこと。

いつからうちにあったかさえ定かではないらしいが、母が言うにはこの刀はきっと、俺に抜かれるのを待っていたんじゃないかとの話だった。

真偽はもちろん定かではないが。



とにかく、俺はそのまま、あの頃の俺にしてみればやたらと重かったその刀を振り回し続け、奇跡的にも何体かのありえないものは滅することができていた。

しかし。

当然のように、体力的な限界はすぐに訪れる。

その刀で斬ることにより消えていったありえないものたちは、しかしそれ以上に次々としつこく湧いて出て。



――帰りたい。



茨羅と共に、両親の元へ。



自らの限界を前に泣き出したくなるその気持ちを茨羅の手前だからと懸命に押し込みつつ強くそう願えば、手にしていた刀がそれに応じるかのように輝き出し。

気付いた時には、俺は茨羅と二人で家へと戻ってきていた。












そうして自分の力を知った俺は、両親にそのことを話し。



それを聞いた二人は、この力のことを驚く程喜んでくれた。



どう頑張っても、空間転移の作用は俺自身と茨羅にしか及ばなかったが。

それでも充分だと、両親は告げた。



あの時には、その言葉の意味が良くわかっていなかったけど。



今なら、わかる。



俺は二人のためにも、茨羅だけは絶対に幸せにするのだと、母の涙を見たあの時から、強く強く胸に誓ったのだった。















イチ・了


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