別れ・約束


あの時以来、深紅にはありえないものが視えなくなったらしい。

俺には相変わらず視えることから、もしかしたら真冬がその力を受け取ってくれたんじゃないかなんて都合よくそう考えた。

視えて得することなんて、本当ねえし。

これで深紅が普通の女の子として生活できるようになるなら、それに越したことはない。

そんなこんなでとりあえず、しばらくは深紅の傍にいることにしたんだが、そろそろ茨羅のことも心配だ。

時間や空間を越える俺のこの能力は、確かに未来にも過去にも飛ぶことができる。

だが、一度訪れたことのある時代に再び行く場合は、別の時代で過ごした分の時間が加算されてしまうのだ。



例えば、深紅のいるこの時代で一週間過ごせば、茨羅のいるあの村での時間も一週間過ぎてしまっている、といった感じに。



……面倒臭い力だが、いくらこの異能でも、同じ時間を二度は繰り返させてくれないってことなんだろう。

いくら人間離れした異能を持っていようと、俺だってぜんぶ一発勝負なんだ。

と、そんなわけで。

俺は、あの村の祭が始まる前に、茨羅の元へと帰らなければならなかった。













夜明け 「別れ・約束」













「……弥生……」


袋に入れられた刀を手に立ち上がる俺を、深紅が複雑そうに見上げてくる。


「深紅、俺はもう行くぞ」
「……はい」


告げた言葉に、深紅も予想はしていたんだろう、少しだけ間を開けた後小さく頷いた。

俺はそんな深紅を真っ直ぐ見据え、あの時の本音を告げる決意をする。


「なあ、深紅。俺は、真冬の気持ちもわかる気がしたんだ」
「……え?」


不思議そうに見上げてくる深紅に、俺は小さく笑ってみせた。




「霧絵がさ、もしも茨羅やお前や、俺の大切な奴だったら……俺も、真冬と同じ選択をしただろうからな」




あの時真冬を引き止めたいって思った気持ちは確かに本物だった。



だが、大切に想う相手の傍らを選ぶというその想い。



それはきっと、不思議なことでもないんだろうと、そうも思ったんだ。



……柄じゃねえけどな。




「…………」


俯いてしまった深紅の表情はわからなかったが、俺は彼女の頭に手を乗せて、軽く撫でながら小さく告げる。


「……さて、行くかな」


手をどかし、そう呟いた俺の着物の袖を、突然深紅が軽く掴みそのまま緩く引っ張った。


「? 深紅?」
「…………す、よね?」
「ん?」


俯いたまま喋る深紅の言葉がうまく聞き取れず、首を傾げて問い返す。

深紅はそれに、思い切り顔を上げて答えを紡いだ。




「また、会えますよね?」




どこか切羽詰まった様子……と、いうよりも、縋っているようにも見える深紅の表情。




不安と苦しさ、恐怖にも似た色を宿して揺れるその瞳を直視して、やはり真冬を置いてきてしまった影響はかなり大きかったのだと、改めて思い知る。



そうだよな……そう簡単に割り切れるわけないよな……。



……もう少し、傍にいてやりたいが……。




「……会いに来るさ。必ずな」




俺は、何があっても絶対に茨羅に幸せになってもらいたいから。



茨羅を救うために、戻らないといけない。



だから……悪いな、深紅。




「……約束です。絶対に、また会いに来て下さい」
「おう」




今は、約束で。



必ず、また会いに来るから。




「今度は茨羅にも会わせてやるさ」
「……妹自慢に、本腰をいれるつもりですか?」


呆れたように、じとりと深紅が睨んでくるが、やっぱり深紅はこうであってくれた方がいい。

俺は小さく苦笑して返すと、刀を握る手に力を込めた。




「またな、深紅」




さようならじゃなくて。



再会のための、また。




「……はい。また、会いましょう。弥生」




今度は深紅も笑顔を返し。



だからこそ、俺も笑って……。





茨羅の待つ、皆神村へと飛んだ。















夜明け・了


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