霧絵
真冬たちのいる黄泉の門まで通ずる狭い通路は、その岩によって遮られ、塞がれてしまう。
……これで、真冬と完全に分かたれてしまったことになったわけだ。
「……兄さんっ!」
「駄目だ、深紅っ」
「離して……っ、離して、弥生っ! 兄さんっ!」
真冬の元へと駆け出そうとする深紅を、俺が抱え込んだまま阻止し。
そのまま視線だけを真冬へと向ける。
真冬はひどく落ち着いていて……けれどどこか困ったような、少しだけ寂しそうな笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「……真冬……」
「弥生、短い間だったけど、君といた時間は楽しかった」
……本当は、さっきのあの眼差しを目にした時から、何となく気付いてはいたんだ。
もう、真冬の意志が変わることなどないことを。
だけどそれじゃああまりにも深紅が辛すぎるだろうから……ここまで頑張ってきたすべてが、報われていないような気がしたから。
足掻けば変えられるかもしれないなんて、そんな希望を抱いた俺は、今ようやく思い知らされる。
……どうあっても、変えられないんだな、真冬。
「……そうだな。真冬、世話になった」
「弥生……っ!」
深紅が悲痛な面持ちで俺を見上げてきているのはわかったが……。
――……悪いな。俺にはもう、真冬を止める気は、ないんだ。
俺に抱え込まれたまま俺の腕をぎゅっと握る深紅のその手に、僅か力が込められる。
言葉よりもなお強く、鮮明にその想いを伝えてくる彼女のその手は……小さく、震えていた。
「弥生、約束を果たせなくて、ごめん。深紅を……頼む」
約束……覚えていたんだな。
……お前はいつだって、そうやって周りのことばかり気にして……。
なあ、真冬、知ってたか?
俺はずっと、お前に救われていたんだぞ。
お前の傍はいつだって暖かくて、俺が背負い込んだそのすべてすらも包み込んでくれているような気がしたから。
俺にとってお前は、かけがえのない、ただひとつの赦される場所だったんだ。
そんなお前に頼まれちまったんだから、断ることなんてできねえよな。
お前がそれを望むなら、叶えてやろうと、そう思うから。
「任された」
「……兄さん……」
深紅を連れて、二人でこの屋敷を出る。
そう決めてから、俺は深紅を伴い、真冬と霧絵に背を向けた。
そしてここから去ってゆくその前に、振り向くことなく真冬に告げる。
「真冬、いろいろ、ありがとな」
さよなら、とは言わない。
ただ、感謝はしているから。
「深紅、行こう」
「……はい」
深紅もきっと、察したんだろう。
納得はしていないだろうし、諦めたくもないだろうが、それでももうこれ以上は抗うことなく。
俺に手を引かれるまま、足を動かした。
振り向かないから確かめようはないが、深紅もたぶん振り返らずにいることだろう。
そうしなければ、歩むことなんてできないだろうから。
もう、いいんだ。
もう、終わったから……。
帰ろう。
――……外へと。
氷室邸の外から、俺と深紅は屋敷を仰ぐ。
屋敷からは、おそらく屋敷に縛られていた者たちなのであろう、無数の光が空へと昇っていた。
「……兄さん」
まるで星のように、蛍のように、淡く輝くその光が昇りゆく夜空を見上げ、深紅が小さく消え入るようにぽつりと呟く。
俺には今の彼女にかけてやれる言葉が見つからず、ただその手を握ることしかできなかった。
深紅はそんな俺の手を、静かにぎゅっと握り返して。
しばらく無言のまま、二人で共に空を仰いでいた。
第十五夜・了
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