霧絵
俺がそれをはめ込むと、御神鏡は見事に元の姿を取り戻した。
だが、そこへすぐに霧絵の姿が映り込む。
「!」
真後ろ……それも、かなりの至近距離まで迫ったその姿を鏡越しに目にし、俺と深紅はすぐさま同時に振り返る。
その瞬間、御神鏡から放たれた眩い輝きが、霧絵の体を照らし出すように射抜いた。
「あ……」
徐々に、霧絵から禍々しい気配が……消えていく。
あれほどまでに感じていた重圧が、苦しいまでに叩きつけられていた負の感情が、まるで嘘のように和らいでいったのだ。
彼女は自身が纏っていたその禍々しい気配が全て消えたところで、力を失ったかのようにその場に崩れ落ちる。
そんな彼女の目の前に、闇の中、ぼんやりと再び姿を現したあの白い着物を着た少女が音もなく静かに佇み、ゆっくりとその唇を動かし始めた。
「自分の役目を、思い出して」
彼女は黄泉の門を指し示しながら、諭すようにそう呟く。
……自分の、役目……。
彼女の言葉を受け、霧絵は僅かに俯くと、それでもしっかりと立ち上がった。
そしてそのままゆっくりと歩き出し、迷うことなき足取りで、ただまっすぐに黄泉へと通ずるあの門まで進んでゆく。
……自分の、足で。
「門は、私が封じます。あなたたちは早く逃げて」
彼女はそう告げると、自身の両手を自ら広げ、その細く白い手首にどこからともなく現れた縄を巻き付けると、その身体をもって開きかけていた門を封じる。
霧絵は、自分の身体を門を封じるための杭にしたのだ。
その門が開こうとする度、彼女の身体は苦痛の悲鳴を上げ……。
……何故、彼女がこんな目にあわなければならないんだ。
大切な人と共に在ることは、誰しもが望むことだろう。
それなのに……。
「っ! 兄さんっ!」
突然叫んだ深紅の声で、俺は思考から引き戻され我に返り、そして気付いた。
「真冬……、お前……」
俺たちの目の前で、あの闇から解放されたらしい真冬が、ゆっくりと霧絵へと近付いてゆく。
そして、しっかりと彼女の傍らに立つと、緩やかにこちらを振り返った。
「深紅、弥生、すまない。僕は、彼女を放ってはおけない」
「そんな……」
予想もしていなかった真冬の言葉は、確固とした意志を込めた眼差しと共に俺たちへと向けられる。
予想だにしていなかった突然の展開に、深紅が自身の口元を手で押さえ顔をしかめ、何故、と首を振り瞳を揺らした。
当然、俺だって納得できない。
「っ真冬っ! 深紅がどんな想いでお前を捜していたと思うんだっ!」
共に、帰ることを願って……望んで。
そのために、深紅はここまで頑張って来たんだぞ。
恐怖も不安もぜんぶ押し込めて、ただひたすらにお前を連れて帰ることだけを目指して踏ん張ってきたんだ。
それなのに……。
「……すまない。僕はきっと、こうするために生まれてきたんだ」
そんなわけがないと、そう言おうとした俺の言葉を止めたのは、再び襲ってきた地震だった。
「! 深紅、危ないっ!」
いち早く危険を察知し、俺が深紅の体を抱えて退がると同時、俺たちがいた場所に崩れた岩の塊が落ちてきた。
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