宗方
遅かった、と。
宗方は、小さく告げる。
「私が行った時には、村は既に闇に飲まれた後で……見つけたのは、八重だけだった」
「……紗重は?」
問えば、宗方はゆっくりと首を振った。
……紗重……。
思い浮かぶのは、八重と一緒に楽しそうに笑っているその笑顔。
「……君は、戻って止めるつもりなのか?」
宗方に逆に問い返され、俺は刀の柄に触れながら僅か俯く。
「……止める、つもりだ」
顔を、上げずに。
呟くように、答えた。
「あんなもの、在ってはいけない。止められると、俺は信じている」
信じている……が……。
……真冬と、深紅のことが気にかかる。
八重の娘は美琴。
美琴は、二人の祖母。
俺が歴史を変えた時、その影響がどこまで及んでしまうのか。
紗重が、八重の隣で笑っていてくれればいい。
それを望む代償は、一体どこについてしまうのか。
「……弥生……」
少しだけ心配そうに名を呼んでくる深紅は、俺がこれからしようとしていることを、知らない。
――俺はきっと、それを言うことはできないだろう。
卑怯者だと、自分でも思う。
「……どちらにせよ、まずはこの屋敷を出なければならないのだろう? なら、あの扉を抜けた先に、御神鏡の破片がある。……私が、持っていたものだ」
俺が何に悩んでいるかまではわかっていないだろうが、宗方はこの迷いに気付いたのだろう。
それでも深くは訊いてこなかったことに、感謝する。
宗方なんぞに感謝するなんて癪ではあるがな。
「八重は眠った。お前も、八重のところへ逝ってやれ」
「……ああ」
頷いた宗方に、俺は静かに……刀の切っ先を向けた。
「……え? いや、ちょっ……弥生!?」
「大丈夫。イタクナイッテ」
「嘘だろうっ! 痛いって、絶対っ! う、うわぁあぁぁあぁっ!」
ざっくりと。
まぁ、俺も鬼じゃないから、一撃で仕留めてやった。
「弥生……。鬼……」
だから鬼じゃねえって。
とりあえず深紅の言葉は無視して、俺たちは奥へと進むことにした。
で、宗方が言っていた通り、御神鏡の破片を手に入れて……。
「またかよっ!?」
あの危険そうな女性の霊……キリエに追われていた。
ちなみに、彼女の名前については、本当は既に巴から聞いていたわけで。
この屋敷の忌まわしき儀式の被害者……縄の巫女、だ。
「弥生っ! どうしたら……っ!」
「とにかく奥に行くしか……って! ぅおいっ!」
「きゃあっ!」
何でこんな時に、あんなに大量発生しやがるんだよっ!?
と思わず毒づきたくなるくらい大量の霊たちが、道の奥から、うようよわらわらと……。
くっそ! 斬り伏せていくには手間がかかり過ぎるぞっ、この量っ!
「弥生っ!」
深紅の声に振り向けば、すぐ傍まで迫ってきていたキリエの姿。
「ちっ! 深紅っ!」
――……アナタニモ、オナジ、クルシミヲ……。
この距離ではどうしようもなく、とにかく深紅を庇うように抱えこんだ俺の腕は、確かにキリエに触れられた。
第十夜・了
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