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「お」


やっと、見つけた!


「う」


見慣れた後ろ姿に満月みたいな金色の髪。「ついさっき」だけあって、そんな遠いところじゃなかった。やっと見つけた大好きな人の名前を呼ぶ。


「じさまー!!!!」



その背中に飛び付こうとタックルでもしそうな勢いで突進した。…のだけど、王子はそんなあたしを深い赤の瞳で一瞥してさっとそれを避けてしまった。お陰さまであたしは前のめりに転けそうになる。危ないよ!


「うるせえ」


本日二回目の「うるさい」に若干ショックを受けるも、そう言われるのはまあいつものことなんで、すぐ立ち直った。


「ねぇ」

「なんだ」


前髪の隙間から覗く赤。あたしはそれを綺麗だななんて見つめながら言葉を紡ぐ。


「さっき、来てたんでしょ?猫柳に聞いたよ!」

「ああ、『かぼちゃ姫はいびきかいて寝てる』っつってたから帰った」

「ええ!?かいてないもん!」

「………」


本当にかいてたのかもしれないとなんだか不安になってくるからそこで黙るのをやめてください。
その沈黙がなんだかいたたまれなくて、あたしは五秒もたたないうちにすぐ違う言葉を発した。


「なにか用事があったの?」

「別に用事ってほどのもんじゃねぇけど」


けど?と続きを促せば、王子は言葉の続きを紡ぐことはなく手に持っていた袋をあたしの目前に突き出した。目前に広がる布地の袋、僅かに覆われなかった部分の目玉で王子を見る。
「やる」と王子の唇がそう形作った。



「え!なになになに…」


袋を受け取った。彼が軽々持っていたものは思っていたものより重くって少し驚く。両手で袋の持ち手を握って中を覗き込んで、あたしは更に驚いた。


「…、かぼちゃ…?」


そう、その袋のなかに詰められていたのは好きで好きで好きすぎて夢にまで見たかぼちゃ。三つほど入ったそのかぼちゃを見てあたしは口をあんぐり開けてしまった。多分、間抜けな顔してるんだろうなぁ。


「貰いすぎて食べきれなかったから。お前にやる」

「……」


大好きなかぼちゃが食べられることと、王子からのプレゼントだってことで、あたしは口にできない喜びを噛みしめていた。


「…なんだ、いらねーのか?」


焦れったそうな声。あたしが話さないのを勘違いしたらしい。王子は手で掻きあげるのではなく顔を動かすことで顔にかかった前髪をどける。拍子に、隠れていたもう片方の目が光を反射して光った。


「ううん!いる!いるよ!」


答えた口が緩む。にこにこ、むしろニヤニヤしながらあたしは腕のなかのかぼちゃを抱きしめた。


「当たり前だ。せっかくやったんだから有り難く食え」


薄らと口元に弧を描いて笑う。その笑顔は童話にでてくる王子様のような爽やかスマイルとはかけ離れていたけれど、あたしにとってそれは殺人兵器並みの破壊力を伴うほどのものだった。


「じゃあな」


その笑顔に放心状態になっていたあたしはその言葉で我に帰る。いつの間にか背を向けていた王子はもう歩き始めていた。


「待って!!」


特に用事があったわけでもないのに、あたしは彼の左腕を右手で掴んでしまった。立ち止まった王子の手を見つめながら、何か、何かないかと脳をフル回転させる。王子はいま、どんな顔をしているだろう。怪訝そうな顔かな、うっとうしそうな顔かな。ああ、そんなこと考えてる場合じゃない、ええと、ええと。


「い、いっしょに食べようよ!」


口からでた言葉に二秒ほどの沈黙。


「……かぼちゃを」


間を繋ぐためだけに飛び出したさっきの言葉の主語。言い終わってからまた二秒の沈黙。


不意に王子があたしの手を振りほどいた。あ、という間もなく彼があたしの手のひらをその手で包みこんだ。さっき行こうとした方向の反対、つまりあたしが来た道を手を握ったまま進んでいく。遅れないようにあたしは足を動かす。恐る恐る顔をあげたけど、見えたのは後ろ姿で、顔は見えなかった。

左手で大好きなかぼちゃを持って、右手で大好きな王子の手を握っている。こんな贅沢は知らない。今日あの時見た夢よりも、遥かに幸せなように感じた。

さて、このかぼちゃで何を作ろう。たくさんのかぼちゃ料理を、あたしと猫柳と王子、三人で囲んでいるのを想像する。やっぱりとんでもなく幸せで、とてつもなく温かい光景だと思った。



Theory of happiness
(夢より幸せな彼女の幸せ。)



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