※15話のネタバレあります





人間は誰も寄り付かないような裏路地の向こうに、野良猫たちが集まる小さな空き地がある。猫が集まる場所なだけあって、静かだし僅かだが日も差す。近頃はここが、僕にとって一番の安息の地となっていた。いつものようにポケットから猫じゃらしをとりだすと、顔なじみの猫が嬉しそうに寄って来た。
暫く猫をかまっていると、ふとコンクリートが打たれた空間の僅かな隙間に咲く、小さな花に目が留まる。狭い空間でも気づかなかったほどこぢんまりと咲くその花は、栄養が足りていないのか葉に皺が寄っている。わざわざこんな難儀な場所に育たなくても、日本の国土の三分の二は森林なのに。不器用な花なんだな。
僕は気まぐれで、情けをかけてやることにした。
わざわざ人の往来がある通りまで出て、自販機で水を買う。陰った路地から一歩踏み出すだけで、爛々と僕を照らす太陽や、頭が沸いてそうな人間たちの雑音に飲みこまれる。足早に自分のあるべき世界に戻る。そこにはちゃんと、数匹の猫とあの花が待っていた。花を潰してしまわないよう加減して水をかけると、花弁についた水滴が僅かに差す日光を反射して光った。まるでこの僕に礼でも言うように。

「僕を選ばなくても、どうか好きで居させてほしい」

何の脈絡もないことを、水滴を落として揺れる花に語りかける。僕ほどリリカルな男なんてそうはいない。そう自分を嗤ってみるけど、これこそ僕が望むことだった。
もう随分と前から、好きな子がいる。それは僕をみじめにはしても、幸福にすることはなかった。それでも諦められないのは、あの子が僕の支えになってしまっているから。
あの子に好いたらしい男と思われたい。初めてそう思ったとき、恋とは苦しみだと知った。どうせなら、僕みたいに薄汚いこの空き地に咲く花みたいに、あの子が…なんて思ってしまう。いつかのカラ松じゃないけど。
来てくれるかな、いや、来ないだろう。動機が不純だし、僕が求めているのは花の妖精なんかじゃない。何にも変わりは務まらない。あの子じゃなきゃ意味がない。
でももし来てくれたら。幸甚の至りだ。僕はあまりの事に、死んでしまうかもしれない。
でも、やっぱりないだろうな。そもそもあの子はこの場所を知らない。来る用事もない。そんなこと、思うまでもなくわかっていることだ。僕は惨めな花に感情移入して、水を恵んでやっただけ。次ここに来た時に、少しでも花が元気になっていればいい。それだけのことだ。














そう言い聞かせていると、自分のものより幾らも軽い、砂を踏む足音がした。

「……なんでこんなとこに」
「一松くんならいつもここにいるって、聞いたから」

なんで僕のことを探して、ここまで来てくれたの。僕は今ちょうど、君のことを考えてたよ。来てくれて、会えて、嬉しい。
伝える言葉が出ない。胸が苦しくて仕方がない。呼吸もままならないのであれば、言葉なんて尚のこと出ない。ただ黙りこくる僕に、それでも花は微笑む。
ああ、つらい。握りしめたペットボトルがぐしゃっと派手な音を立てた。

「花に水、あげたんだ」
「……え、どうして」
「そこの花の、周りの土が濡れてるから。一松くん優しいよね」

僕が否定の言葉をひねり出す前に、さっと僕の横まで来て、花の前にしゃがんだ。一瞬肩が触れそうなほど近寄った時に強く香ったやさしいにおいが、僕の脳を麻痺させる。
何か言わなきゃと思うのに、喜びや、聞きたいことや、好きという気持ちで混乱が生じて、いっそ何も考えられなくて思考が白む。典型的なコミュニケーション障害の症状だ。

「ちょっとしおれちゃってるね、水あげて、元気になるといいね」
「…まあ、」
「ねえ、次ここに来る時、私も来ていい?元気に咲いたところを見たいから」
「あ、え、……いいけど、好きにすれば」

でももし来てくれたら。幸甚の至りだ。僕はあまりの事に、死んでしまうかもしれない。
へへ、と笑って、小さく「嬉しい」と呟く。その柔らかい頬が赤らむのを見て、本当に死ぬかもしれないな、とどこか遠くで思った。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -