※性癖




静謐を纏った、私達とは違う物を見ている人だと、ずっと思っていた。硝子の様に冷たく、鋭く、透明で、美しい人だと思っていた。話した事どころか、目を合わせた事も、正面から見た事も無い人だったけど、彼、松野一松くんについて私はそう確信していた。六つ子という境遇や、今の彼の在り方、その全てが私には無い物で、誰とも会話せず教室の喧噪の中じっとしている松野くんは、河原の石ころの中に唯一つ潜んでいる硝子の欠片の様に、私には見えたのだ。そんな松野一松くんが好きだった。ずっと目で追っていた。他の誰もが興味を示さない彼の美しさを、私だけが知っている事に酔っていた。何時も気だるげに伏せられた睫毛に隠された瞳の輝きを、知ったつもりになって、彼を受け入れた気になって、喜んでいた。実に愚かな初恋だった。空想の中で何時も私は、その骨ばった細く長い指に擽られて、見た事も無い微笑みを向けられ、くすぐったくて笑うのだった。実際に触れ合うことなど考えたこともない。そんな乳臭くイノセントな私の妄想を、彼はあっさりぶち破った。

「あんたさあ、僕のこと好きなの?」
「え、あ、あ、はい」
「ふぅん、処女?だよネ、お前を抱きたがる男なんていそうにないし」

地べたに座り込んだ私のスカートを踏んで、至近距離から私を見下す松野一松くんは笑っていた。普段まるで表情筋を使っていない彼の笑顔は、引き攣っていて醜い。まるで錆びたブランコのような軋んだ声だった。私が作り上げた幻想が、それこそ薄い硝子を破るようにあっさりと崩れていく。残ったのは触ると危ない屑だけ。
どくどく脈打つ心臓が、恐怖によるものなのか果して違うのか、もう私には判断つかなかった。見た事も感じた事も無い、非日常へ引き摺り込まれる。

「おかしいんじゃない、おかしいよ。あんた。俺と話した事もないよねえ?なのに好きなの?毎日僕のこと見るでしょ、わかるよ…他に俺のこと見る奴なんていないんだから。おまえの頭ん中の僕がどんなんだか知らないけどさァ、きっと思ってるのと違うでしょ、いつも、どんな時だって理想を裏切るんだよ僕は。でもこの僕が本当の僕だからね、おかしいのはおまえなんだよ。おまえはおかしい」

まともじゃない。ちっともまともじゃなかった。私の幻想の、美しい松野一松なんて男は存在しなかった。この世に居るのは今目の前に居る卑下た笑いを止めない気持ち悪い男だけだ。荒い息遣いを繰り返しながら唯々私を見下ろす彼の考える処など知る由も無かったが、唯々見下ろされる私は思考も侭ならない。

「でもさあ、僕のこと好きなんでしょ?好きなんですよねえ?だったらちょっと付き合ってよ…ただの遊びだからさ、心配しなくてもいいですよ。本番とか僕気持ち悪くてできないんで、ただ見ててくださいよ、いつもみたいに、」

そう言って自らのズボンを脱ぎ始めた松野一松くんは、頬を紅潮させ今まで出一番楽しそうな笑顔を見せた。その瞳はぎらぎらと輝き、私をまっすぐ射抜いてくる。今まで唯、無垢に何も知らず、空想の中で純情を育んでいた私には些か刺激的過ぎる光景だった。その刺激が甘い痺れの様に脳を刺激するせいで、嫌悪感は生まれなかった。こうして私はイノセントを捨てて、もう引き返せない奈落に堕ちてゆくのだった。
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