「ねえ、ここで何してんの?」

そう言って私の顔を覗き込んだのは今一番見たいけど見たくない人と同じ顔をした、彼の弟だった。何をしてるも何も、ここは私の実家の庭だ。ここで何をしようと十四松くんにとやかく言われる言われはない。

「不法侵入だよ」
「おばさんにおじゃましますって言ってきたよ?」
「そう…」
「ねえ、何してんの?」

何しに来たのと聞きたかったけど、十四松くんの行動に理由をつけるのなんて無理だ。十四松くんはつなぎのファスナーを一番上まで上げていて、いつもの笑った口が見えない。そうしていると個性が一つ消えて、輪をかけて彼に似ている気がしてくる。

「いまね、泣いてんの」
「涙出てないよ?」
「一松元気にしてる?」
「一松兄さんとなんかあったの?」

お互いに答える気のない質問の応酬。十四松くんって意外と食えないやつなんだね。十四松くんは一松にそっくりだ。でも、一松と違って私を見る目は優しい。そう思うと余計に気分が沈んだ。一松だって少し前までは私に優しくしてくれた。最後に会った一松は違ったけど。私は何をしてしまったんだろう。

「私たち別れたって聞いた?」

私はすぐに耐えられなくなって俯いたから、十四松くんの表情はわからない。でも一松のことだから、きっと誰にも言ってないだろう。
そう。私は一松から別れを切り出された。とても一方的だった。
別れよ、という声はひどく平坦で、私は一瞬何を言われたかわからなかった。いつもあんまりこっちを見てくれない一松は、やっぱりいつも通り猫に目線を落としたままそう言った。
「え、一松?」
「…そういうことだから、もう、会わない」
「ちょっと…ちょっと待って」
「バイバイ」
あれ以来一松には会ってない。日数にして半月ほど。せめて理由を教えてくれればいいのに。聞きに行きたくても、また一松に否定されるかもしれないと思うと、怖くてメールを送ることすらできなかった。
あーあ、思い出さなきゃよかった。十四松くんの前なのに、気分がどんより沈んで、このまま土に還ってしまいそうなほどだ。昼間と言えど庭先は寒く、縮こまった自分が小さな存在に感じる。吐く息が白く染まって空に昇る。口元で大袈裟に震えるその息が、何より今泣きそうだということを表現している。

「なんで泣くの?おれが言うのもあれだけどさー、一松兄さん友達いないから一緒にいても楽しくなくない?」
「私はそうは思わないけど…十四松くんが言うと、一松が言ってるみたい」
「一松兄さんそう思ってるよ、わかるよ、俺」

一松にそっくりな十四松くんは少し伏し目がちな、一松にそっくりな目つきで私をみつめている。悲しませちゃったかな。半月ぶりに見たほぼ一松の顔は少し陰っている。

「…んでね、兄さん、後悔してるよ」
「一松がそう言ってた?」
「んー、うん。言ってた」
「そんなこと言うかなあ」

私が苦笑すると、十四松くんはもう一度「言ってたよ」と念を押した。私はそれでもそれを信じて良いのか判断しかねて、心が水中を漂っているような心もとなさを感じた。

「仲直りしないの?」
「うーん、でも一松、きっともう私に会いたくないよ」
「仲直りしたくない?」

それは本当に愚かな、バカげた質問だった。まさしく愚問というやつだ。私は「したくない訳ないじゃん」とだけ言って、言葉が詰まった。最初かなりそっけなかった一松と仲良くなれた時、どれだけ嬉しかったか。私のことは殆ど見てくれなかったけど、それでも時間と空間を共有してくれたし、猫を大事にする一松と一緒に居られるのが本当に幸せだった。自分にこんなプラトニックな感情があるんだってびっくりするくらい。だから、一松が私のことを好きだと言ってくれた時、本当に、死んでもいいくらいに嬉しかった。心が通ってる感触が心地よかった。皆は私が一松をひっぱってると思ってるけど、本当に支えられているのは私なんだ。一松がいないだけで、こんなに寂しい。

「したいよ、仲直り。やっぱり好きだもん、一松のこと」
「僕もやっぱり、おまえがいないとダメだ…」
「え」
「…って、言ってた。でも、自分じゃ言い出せないって」

一瞬、似ているなんてもんじゃなく、本物の一松かと思った。私はそれなりに六つ子全員と付き合いがあるし、過去にいつも着ている服の色をしっちゃかめっちゃかにしてあてっこをした時も人相から正解した程度には彼らを知っている。だからこそ、あまりに似すぎていて驚いた。

「ほんとに十四松くん?」
「似せようと思えばめっちゃ寄るよ、僕達、六つ子だから」
「そうなんだ、あんまり似てるからびっくりした」
「…だから、十四松の真似してたんですけど。ばれた…」

思考停止。

「…え?一松」
「うん」

私が今まで十四松だと思っていた松は一松だった?私と仲直りしたかったけど、自分からは中々言い出せなかったから兄弟の姿を借りた?それで、選んだのが十四松?いや、すっかり騙されたけど、騙されたけども。っていうか、そもそも

「ばれてなかったよ」
「…え?嘘」
「ほんと」

一拍置いたのち一松はかっと顔を赤くして踵を返した。私が慌てて追いかけると、玄関先には紫のつなぎを着た十四松くんの姿があった。黄色い一松と紫の十四松くん、そして私が玄関先に立ち尽くす。

「……ども」
「十四松くん?」
「あれ?兄さん仲直りおわったの?」
「…終わってない」

一松そっくりに髪を乱して猫背になっていた十四松くんは、私が彼の名を呼ぶとすぐに背筋をピンと伸ばしたいつもの十四松くんになった。

「終わってないならしなよ!仲直り」

そう言って十四松くんは私と一松の手を取り、無理やり握手させた。一松の手はかさかさだけど暖かい。私がおそるおそる手を握ると、ぎゅっと握り返してくれた。

「さっき言ってたの本当?」
「なんのこと」

一松の本心なんて、この握った手を見れば明らかだ。かすかに震えた手はそれでも私の手を離そうとせず、「色が落ち着かないから帰って着替える」と家に向かって歩き出した。手を繋いだまま。当然私もついて行くことになる。先を行く十四松くんの楽しそうな歩き方を眺めながら「手、離さないの?」と聞いてみる。

「寒くない?」

答えになってないよ、でも嬉しい。
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