「今から言うこと、冷静に聞けよ」

俺の恋人は俺をきつく睨みながらそう言った。その隣では一松が今にもべそをかきそうな顔で正座している。そのただならぬ、ただならな過ぎる状況に俺は思わず唾を飲んだ。もう一度飲んだ。口の中がカラカラに乾いてもまだ飲んだ。本能が聞きたくないと叫んでいる。

「俺…一松と、こいつが、入れ替わった」

彼女がそう言うと一松はわっと顔を覆って泣きだした。彼女は一松の胸倉を掴んで「カラ松の前で俺の顔で泣いてんじゃねえよ!」と怒鳴る。俺がとっさに止めに入ると、一松が泣き顔のまま腰に抱き着いて来た。彼女が頭を振り乱してやめろと叫ぶ。場は混乱を極めていた。
脳の処理がまったく追いつかない。順を追って説明してほしい。そう言いたくても、彼女が叫べば叫ぶだけ一松は俺にしがみつく力を強くするので、そろそろ腰が折れそうだ。誰かこの場を収めてくれ…!そう願ったとき、今の襖が開かれた。

「ただいまァ〜」
「おそ松兄さんとチョロ松!いいところに」
「えっなにこの状況。なんで一松がカラ松に抱き着いてんの?なんで?痴情のもつれ?」
「おっお邪魔しました〜」

そして襖が閉じられた。
俺は一松と一松を引き剥がそうとしている彼女を引きずって閉じられた襖を再び開いた。半泣きで「助けてくれ」と乞うと、頼りになる兄弟は顔を引きつらせつつも、居間に入ってくれた。
流石、おそ松兄さんは一松と彼女をなんとか宥め、ちゃぶ台を囲って座ることに成功した。

「…で、なんでこんなことになってんの」
「一松あぐらかかないでパンツ見えるから」
「ケッ」

こんな恋人の姿、見たくなかった。
ぐずぐずと鼻を啜る一松によると、彼女は俺に会うために我が家を訪れた。戸を開ける時ちょうど中側から一松も出てきて、強かに頭をぶつけあったらしい。そして気が付けば体と人格が入れ替わっていた、ということらしい。
そんなこと本当にあるのか。しかし、確かに人格が入れ替わっているようにしか見えない。彼女は心底うんざりした顔で「めんどくせ」と吐き捨てた。その動作はまさしく一松…というか、こんな彼女が彼女だと思いたくない。
話し合いの結果、彼女の姿をした一松を一松と、一松の姿をした彼女を彼女と呼ぶことで意見が一致した。

「なあ一松」
「何」
「ちょっとおっぱい揉ませてくんない?」

俺と一松の姿をした彼女がおそ松兄さんに手をあげるのはほぼ同時だった。が、タッチの差で彼女の方が早く、おそ松兄さんの胸倉を掴んでがくがくと揺さぶる。「できごころだってぇ〜〜」と釈明にもならない言い訳をするおそ松兄さんを後目に一松の方を見ると、無言で自分の…彼女の胸に手を当てていた。

「コラコラコラコラ一松」
「うるせえクソ松」
「わたしの顔でそういうこと言わないで!あと胸触んないで!」
「お前こそ俺の顔でわたしとか言わないでくんない。」

彼女が一松の両手を掴んで詰め寄る。一松は体格の差で手を振り払えないものの、しらっとした態度を崩さない。…なんというか、そういうことを言って居る場合ではないとわかっているのだが、一松が彼女に迫っているように見える…。なんとなくモヤモヤした気持ちを抱えていると、再び襖が開いた。そこにいたのはトド松と十四松。二人が見たのはまさしく一松が俺の彼女に迫っている図で、それを何もせず傍観する上三人の兄の図だった。真顔のトド松がぴしゃりと襖を閉める。デジャヴだ。襖の向こうから十四松の「セックス!?」という声が聞こえる。
慌てて十四松を連れて家を出ようとするトド松を引き留めて、事情の説明をする。怪訝そうな顔をしつつもなんとか信じてくれたトド松は、この中で一番現実が見えていた。

「…お風呂とかトイレとか、どうすんの?」

その発言に、茶の間に衝撃が走った。…そうだ。風呂に入る時に必然的に裸を見ることになる。彼女が一松の裸を見るのはまだしも、その逆は絶対に許せない。震える俺と彼女をよそに、無責任な兄弟たちは思い思いに議論を重ねる。

「二人一緒に入ればいいんじゃねーの」
「いや無理でしょ。一松が」
「一松兄さんに目隠しすれば?」
「それ目隠しした女性の体を洗う一松って絵面になるよ?!もっとやばいよ!」

「…目隠しした一松と一緒に入って。カラ松」

そう言ったのは一松…じゃない。彼女だ。
一瞬思考停止したが、確かに恋人である俺が目隠しした彼女の体を洗うのは…アリか?大体俺たち、まだお互いの裸を見たことがない。彼女にとっても一大決心だったようで、かなり深刻な顔をしている。

「いずれは裸を晒しあう仲だし、カラ松にしか頼めない!お願い!」
「俺がヤダ。目隠しされてカラ松に体洗われるとかキモすぎ」
「一松ぅ!さっきからなんなのあんた!それ私の体なの!決める権利は私にあるの!」
「でも今お前の体を好きにできるのは俺だし…ね?チョロ松兄・さ・ん」
「ふぁっ!?ちょちょちょちょ」
「誘惑しないで!だったら私も一松の体でカラ松にべたべたくっつくから!ねーカラ松」
「うおっ」
「はあ!?やめろクソアマ虫唾が走る」
「一松が先にチョロ松の太もも撫でるのやめればあ?」
「お前が先にクソ松と腕組むのやめろ」
「絶対に嫌。だいたい私が腕組んでるのはクソ松じゃないから。カ・ラ・松・兄・さ・んだから。ね?カラ松兄さん」
「アアアアアきっしょくわりーんだよ!」
「あんたこそそれセクハラ!喧嘩売ってんの?」
「やんのか?あ?」
「買ってやるよ!表でろ」
「ちょっとちょっと二人とも!落ち着いて」

やっぱり末っ子は頼りになる。面白そうに見守るおそ松兄さんとよくわかってなさそうな十四松、女性に迫られて使い物にならないチョロ松、一松からのスキンシップに動揺した俺を差し置いて二人にストップをかけたのはトド松だった。
それにしても、乱暴な口調の彼女もさることながら、女性らしいしぐさの一松というのはなかなか…同じ顔だからかもしれないが、なかなかキツイ。

「お風呂までにもとに戻ればいいんだから!ね?」
「でも、どうやって?」
「う……」

松野家の茶の間の混乱度数は過去最高になった。
かなり時間がかかって、一松と彼女の険悪さが限界に達し、ほかのメンバーが疲弊しきった時、十四松がぽろっと「デカパン博士に聞いてみれば?」と呟いた。
その言葉を聞くや否や一松と彼女は連れ立って家を飛び出し、俺たちがあっけに取られている間に元通りになって帰ってきた。彼女が俺に抱き着いて来たとき、中身が一松なのかと思ってかなりビビったが、これは内緒にしておこう。
いやあ良かった。何故かそのノリで酒盛りが始まり、一松と彼女が先ほどことなど無かったかのように和気あいあいと話し始めたのには兄弟全員度肝を抜いたが、結果オーライだ。俺と彼女の距離も少し縮まったようだし。

でも、もうこんな寿命が縮むような出来事はゴメンだ。
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