どんなに俺が醜態をさらしても、彼女は「カラ松らしいカラ松でいればいいよ」と笑った。俺だってこんなつもりじゃなかったんだ。傷はほぼ塞がっていたけど、底冷えする寒さに体が痛んで、一人で飲みたい気分になった。チビ太んとこにでも行って、タダ酒でも飲ませてもらおう。そんな軽い気持ちだった。軽い気持ちのつもりだった。
珍しく屋台なんかにいたあいつは、俺の顔を見て一瞬目を丸くしたあと、へらりと笑った。その心を許されているような気の緩む笑い方に、俺の中にあったものがひとつ、溶かされた。詮索しない、突き放さない、なつっこい。アンバランスであり、妙に均衡のとれた性格をしているあいつを俺はずっと前から好きだった。いつから好きだったかなんてわからないくらい、少しずつ恋をしていた。自覚したのはついさっきのことだったが。
乾杯した酒がコップから溢れ、手を濡らして落ちていく。
酒は得意という訳ではなかったが、好きな女に注がれた酒が飲めないなんて男じゃない。次々に注がれる酒を次々に飲んだ。ギリギリ自力で帰れる程度には抑えておこうと思ったが、弱った心に沁みるあいつの笑顔に、いつしかそんなリミッターも壊されていた。

ひとつ断っておきたいのは、俺は本当にこれっぽっちも傷ついてないし、ちっとも兄弟を恨んだりしていないということだ。
そりゃあ、ひどいモンだとは思うが、俺があいつらだったとしても同じようにする。断言する。俺たちはそういう風にできている。男兄弟なんてそんなもんだ。だから、強いて言うなら体が痛むと心も弱る。そういう心境に近かった。誰にだってあるだろう、優しさに飢える夜、でもどうしても投げやりになっちまう夜ってもんが。たまたまあの夜がそうだった。

幸い、そこまで二日酔いはしていなかった。頭が覚醒に近づくと布団からいつもと違う良いにおいがして、そのせいでサッと頭が冴えた。ここまで一瞬のうちにたくさんのことを考えたことはないだろう。見知らぬベッドの上で寝る俺、女性が一人で住んでいそうなインテリア、目の前で笑うあいつ。終わった。役満だ。血の気が引いて頭を抱えた。
まあ結果として俺が恐れた、少し期待していたような展開ではなかったようだ。彼女はあっけらかんと笑って俺に水をくれた。無邪気さのある笑顔を見ると、やっぱり心が少し軽くなる。そんなにいろんなものを溜めたつもりはなかったが、事実軽くなるのだから、やはり何か詰まっていたのだろう。とにかく俺が今からとるべき行動は、昨夜の無礼と世話をかけたことを詫び、できるだけすぐにこの部屋を去ることだ。記憶がないほど酒を飲んで迷惑をかけてない訳がないだろうし、俺がベッドで寝て彼女が共に寝ていないということは、別の場所に寝させてしまったといういうとだ。
だが、あいつはそんな、容易く手綱を握れる女じゃなかった。掴んだ手首のあまりの細さと、柔らかそうな頬の熱量が、俺を狂わせたんだ。このシチュエーションから逃げ出そうとしていた俺を絡めとって、煽って、暴いた。
耳まで染まった彼女の、うすい肩越しにささやかれた「へたれ」の文句に、立ち上がらない方が男が廃る。そう言い訳させて頂きたい。

俺はやっぱり大馬鹿野郎らしい。あいつは俺よりもずっと賢いし、人の気持ちを思いやれる優しさを持っている。将来きっといい男を捕まえて、俺は笑顔で彼女におめでとうと言うんだろう。そう信じ切っていたもんだから、俺があいつを好きだなんて、口に出して初めて自覚した。
自覚した瞬間、手に入った。今まで気づかなかったことが信じられないほど、愛おしくて仕方がない。もう一生手放せない。この抱きしめている手すら、到底離せそうになかった。俺が気づかなかった気持ちや俺の中のわだかまりを、知ってか知らずか見つけ出して、溶かしてくれる。
俺らしい俺でいればいい。知ってか知らずかあいつはなんでもない顔でそんなことを言う。そんなこと言われたって、好きな女の前じゃ恰好つけたいもんなんだ。いつでも惚れられていたいし、頼りになる男でいたい。おれはこいつに何をしてやれるんだろう。俺には到底思いつかなかったけど、できうるすべてを持って、こいつを幸せにしようと思った。
なんてったって、今日付けで彼氏なのだから。
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