仕事の付き合いでの飲み会の帰り道、飲み屋街から駅に向かう方に歩いていると見慣れた赤いパーカーを見つけた。彼もお開きのタイミングだったようで、店から出てすぐに私を見つけた。お互いあやふやな会釈をして、何も言わずに共に歩き出した。帰り道が分かっているからだ。
おそ松はかなり飲んだ様子で、一応まともに歩けているが、姿勢は悪いし目は座っている。私は内心冷や汗をかきながら、星も見えない真っ暗な夜空を仰いだ。喧噪と熱に浮かされた通りから冷たい空の空気を吸うと、頭が冴えるような気がする。

「お前はさあ」

横のおそ松が口を開いた。私は暗闇からおそ松の方に視線を移すが、一向に次の言葉が出てこない。なに?と尋ねても沈黙は破られないまま。周りのバカ騒ぎのBGMのボリュームも下がらないまま。
相当酔っているようだし、独り言だったのかもしれない。紛らわしい独り言だなあと、視線を前に戻すと、隣からぶつぶつなにか言っているのが聞こえた。何を言っているのかわからないけど、多分これも独り言だろう。
これでも私は、おそ松の隣を歩くのが、存外嫌いじゃない。昔からの刷り込みのようなものかもしれない。

「聞けって」

そう言っておそ松は私の手首をつかんだ。あれ、私に話しかけていたのか。ごめんごめん、もう一回言って。そう言い終わるか終わらないか、おそ松は私の手首を掴んだままずんずん歩き出した。私はなすすべなくそれに続く。

おそ松が向かったのは、私たちが卒業した小学校だった。ほとんど夜中に訪れることなどない場所は意外と不気味さなど感じさせず、ただただ校舎や遊具が眠っている。
だだっぴろいグラウンドの中心あたりに立ち尽くす私たちは、ここに毎日通っていた頃よりもだいぶ大きくなった。心なしか、この広い空間を狭く感じてしまうほどに。生ぬるい夜風に吹かれて身震いする。
そういえば、今みたいにおそ松に手を引かれて歩いたことがあったなあ。
十年以上前の記憶が掘り起こされた。

「俺さあ、昔っからお前にいたずらばっかしてたじゃん?」
「いたずらっていうか意地悪だったけど、そうだね」
「あれさー……お前が好きだったから、なんだよねえ」

おそ松はいつもと何ら変わりないような無表情でそう言った。視線はらしくもなく足元に落ちている。
あの時もそうだった。おそ松が巻き起こした数々の騒動は誰もが知るところであると思うが、私も多かれ少なかれ彼に意地悪をされてきた。足をひっかけられて転ばされた回数、スカートをめくられた回数、トト子ちゃんに比べて可愛くないと言われた回数、数知れず。
そんなことがあるといつもは怒っておそ松たちを追いかけまわす私だったが、あの日だけは違った。私はおそ松たちに何もしてないのに、どうしてこんな意地悪ばかり受けなければならないのか、そう思うとやるせなくて悔しかった。私だっておそ松たちと楽しく遊びたいのに、そう思うとどうしようもなく悲しくて、ほろりと涙がこぼれたのだ。
あの時の驚いた表情を今でも思い出せる。
驚くおそ松を見て、自分が泣いていると自覚して、一気に涙がせりあがってきてわあわあと泣いたのだ。泣くことに夢中になっている間に、おそ松は弟たちをどこかにやって、私の手首を掴んで、何も言わずに歩き出した。普段行かないような、知り合いが誰もいない隣の学区まで歩いて、やっと一言「ごめん」とつぶやいた。
そっかあ、私のことが好きだったんだ。好きな子に悪戯をしてしまうってやつだったのかな。今でも怒っているかと聞かれれば全然そんなことはないけど、内心微妙な気持ちだった。だってあの頃は…

「でさ、」
「うん」
「実は今も」

思い出に現を抜かしていた私はハッと現在に呼び戻された。
おそ松のチラッと私を見る目は、怒る私に許しを乞う時の憎めない笑みに似ていた。

「おまえがすき」

酒が入っているからだろうか、少し舌足らずな言い方。ばつが悪そうな、下から見上げるような視線。昔から私が許してしまう要因となった甘え上手な長男らしさを存分に発揮していた。
ほんとに、一体どんなことをされても彼を嫌いになれなかった私は、ばかだなあ。
「また意地悪する?」なんて聞いてみる。おそ松はただ一言「しないよ」と答えた。

「私もおそ松のこと好きだよ」
「…え、マジで」
「うん」
「なんで?」

なんでと来たか。
なんでと言われても、実は私もよくわかってない。昔からの、刷り込みのようなものだ。だけどそれではつまらないから、思い出を引用する。

「いつものおそ松たちの意地悪にさ、一回だけ泣いたことあるじゃん」
「あったな」
「それで、おそ松が私の手を引いて、隣の学区まで歩いて行ったの。そこでごめんって謝ってくれたじゃん」
「…そうだっけ?」
「とぼけないでよ。わかるからね、ちゃんと覚えてるの。その時ねえ、嬉しかったんだよ。おそ松が私の手を引いて歩いてくれたことが。」

だから、好き。そう言ってもおそ松は全然納得してない様子だった。無理もない。これ以上の言及を避けるために今度は私が「どうして今いきなりそんなことを?」と尋ねてみる。おそ松はしぶしぶと言った体で口を開いた。

「さっきまで呑んでた店に、小学校の同級生が居たんだよ。俺がお前のこと好きだって、知ってたやつ。それで、話してたら色々思い出して、俺もバカだったな〜って、さ。
これからはお前に優しくしねーと、いつまでも童貞のまんまだな〜って。そんな時店から出たらおまえいるんだもん。ずりいよなあ」

そう言っておそ松が遮るもののない空を仰ぐと、大きな風が吹いた。私が寒さに身を竦めると、それを見たおそ松が「帰るか」と笑った。私も笑う。二人で思い出の場所から去る。でもそれもいい気分だった。
だって私は、おそ松と歩くのが好きなのだから。
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