こんにちは。僕は松野家三男、綺麗好きでへの字の口が特徴、松野チョロ松。

あんまり言いたくはないんだけど、僕はこれまで女の子と付き合ったことがない。いわゆる童貞と言うやつだ。
まあ、兄弟全員そうなんだけど。僕ばかり度々からかいのネタにされる。
そんな僕が恋をした。
初恋ってわけでもないんだけど、この胸の高鳴りには慣れない。気を引きたくてつい自分らしからぬ行動をとってしまいそうな、逃げられない魔法のようだ。
だからと言って彼女の前で醜態を晒すわけにはいかない。つとめて冷静に、心を落ち着けるために深く息を吐いた。待ち合わせの時間まであと7分。
そう、今日は彼女と初めてふたりきりで出かける。これをデートと呼んでいいのかわからないけど、僕は一応そのつもりで来た。

「チョロ松くん」

つん、と背中をつつかれる。細い指は僕のへその裏側あたりに触れた。びっくりして振り返ると、無邪気に笑う彼女がいた。僕は口が勝手ににやつくのを必死で抑える。

「おっ…はよう」
「おはよう、チョロ松くん。待った?」

僕は全然、と答えた。彼女は「よかった」と言ってにこりと微笑んだ。
ちなみに、彼女のことを僕が彼女と呼ぶのは、本当に僕の彼女だからだ。勿論、恋人と言う意味で。
そう、何の因果か僕たちは男女交際をしている。僕が彼女のどんなところが好きかなんて言葉にしたらきりがないけど、彼女が僕のどんなところを気に入ってくれたかを僕から訊くことはないだろう。そんな勇気、あるわけない。

僕はよく女の子を前にするとポンコツになるとか、童貞力が高いとか言われるけど、彼女の前では本当にダメだ。こっそり僕に近づいて背中をつついてくる可愛さや、微笑む時の花が咲くような愛らしさ。僕は彼女に対してひときわ弱い自覚がある。彼女の虜と言ってもいい。
彼女に上目遣いで「おねがい」なんて言われたら、なんでもやってしまう自信がある。

「お願いがあるんだけど」

なんて言ったらすぐにこれだ。
自然に小首をかしげるしぐさをする彼女に僕はやっぱり、水飲み鳥のように首を縦に振って頷くことしかできない。
僕は期待と焦燥にゆれる喉をごくりと揺らした。

「キスしてくれませんか?」
「キ……ッ、…!?」

その時僕はひどい顔をしていたと思う。
僕の反応を見て何とも言えない不満げな顔をした後、軽く息を吐く彼女は、偶像にしか、見えない。


「キスです。キ・ス」
「キス」
「そう、キス。」
「……僕と?」
「…あたりまえじゃないですか」
「だよね!うん。アハハ…」

キ、ス、とゆっくり動く彼女のくちびるが、なんだかとても非現実的で、現状をまったく理解できない。
どうしていきなり、そんなことを。

「だって、もう付き合って1か月経つし、チョロ松さんは手もつないでくれないし…私から、お願いしてみようかなって」

ブラウスの襟と肩までつく髪の隙間から見える細く白い首筋や、落ち着いた長さのスカートから覗く脚、僕の視点から見えるつむじ、ほんのり色づいた頬…。
へんなところばかり目に映った。
こんなに可愛い僕の彼女が、僕にキスを求めている。

月並みな表現で恐縮だけど、僕は頭の中の何かがぷつんと何かが切れるような感覚がした。

想像よりも細く弱い両肩をそっと抱いて、彼女の唇にそっと触れた。
うわっ、やわらかい。そして、甘いにおい。そっと離れると恥ずかしそうに目を伏せる彼女、こぼれる吐息がぶつかる距離。
五感をめいいっぱい刺激されて、僕の切れていた理性は息を吹き返した。
体中の熱が顔に集まる。情けないことに身体は震えた。それを気づかれたくなくて肩に置いていた手を離した。

「……チョロ松さん」
「は、はい」

彼女は両手で顔を覆った。
「うっ、」と声を漏らしたきり微動だにしない。
えっ、どうしたんだろうか。急に具合が悪くなった?もしかして、イヤだった?!

「うれしい…」

真っ赤になって頬を抑える彼女は、どんなアイドルよりも可愛くて、僕は眩暈すら覚えそうだ。
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