「サボれば」

唐突に放たれた言葉の出所に視線をやると、そこには心底羨ましい光景があった。
起きたままの恰好で、暖かい布団にくるまれる一松。見るだけでそこが快適で、自分がそれを欲していることがわかる。
なんて目に毒なんだ。

「ダメだよ」
「いいじゃん、今日くらい」

そう言われると困る。一松は、今日がなんの変哲もないただの1日で、今日くらい講義をサボったって何も困らないことを知っているのだ。そして私を困らせたくてこんなことを言う。まあ別にどっちでもいいけど、と言わんばかりに気の抜けたあくびをする。
私だって、こんな冷たい畳に正座して化粧なんかしたいんじゃない。このニートが。なとど罵ってみても、やっぱり彼の方が勝者に見えた。何のって、より良く生きることに関して?

「ティッシュ取って」
「自分でどうぞ」
「布団から出たら寒いじゃん」

じっとりとにらみつけても意にも介さない。まあ確かに、一松は羨ましいことにこれからずっと寝てるんだし、わざわざ布団から出て足を冷やすのってやだよなあ。
我ながら甘い自覚はおおいにあったが、仕方なくティッシュを持って一松に近寄る。
ティッシュを差し出すと、一松はそれを受け取らず目を細めて楽しそうな顔をした。この顔をする時は大抵よくないことが起こる。一歩後ずさろうとすると、目にもとまらぬ速さで腕を引かれ、布団に突っ込まれた。

「ちょっと、一松!」
「もっと一緒に居たい」
「…はあ?!」
「今日は一緒にこうしてようよ」

柔らかい声音で、いつもならまかり間違っても言わないようなことを言う。私を困らせたくて、わかってやってるんだ。
じんわりと温められた布団が冷えた私に温度を与える。布団から出ようともがく腕に力が入らなくなってきた。

「いいでしょ」

布団ごと抱えるように抱きしめられ、トントンと優しいリズムで背中を叩かれては、もう逃げる術などなかった。とろとろと意識が融かされてゆく。意識が解けきる寸前に、ニヒルに笑む口元が視界の端に映った。


「あら、なんでこいつ寝てんの」
「寝かしつけた」
「はーん…かわいそーに」
「いいんだよ別に。そんなに真面目に生きなくても」
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