近所に猫がよくあつまる公園がある。
猫はみんな懐っこいし、おそらくお世話をしてくれている人がいるのだと思う。私はたまにそこに癒しを求めに行く。
けど、本当の目的は別にあった。
決まった曜日の決まった時間、必ずそこにいる猫背の男性だ。
だるだるのパーカーにジャージ姿で髪もセットはしていないようなので多少身構えたけど、猫を見つめる目はとても優しい。
私にはなかなか懐かない猫が、彼にはごろごろ甘えているのを見た時、勇気を出して話しかけた。最初はかなりそっけなかったけど、今では彼、一松くんとも結構仲がいい、つもりだ。

…と言っても私と彼は旧知の仲である。
六つ子とはそれぞれ友達で、その流れで一松くんとも知り合った。だけど彼だけ頑なに、私と関わりを持とうとしなかった。
私はそれが悔しいのか、楽しいのか、とにかく彼に興味を持った。
今にして思えば、彼の孤独に自分を重ねたのかもしれない。

今日もそんな感じで、一松くんと野生の感じられない猫のお腹を揉みしだく。心地よい無言の間がここにはあった。私は猫だけではなく、一松くんにも癒されているのかもしれない。

「あの」

いつも猫ばかり見て、私と目を合わすことのない一松くんがまっすぐこっちを見ていた。
初めてまともに見つめた一松くんの瞳は曇ったビー玉に似ていた。表面はくすんでいても、中に光を見出したくなるような。
よほど言い出しづらいことなのか、口を動かしつつも声は出てこない。私はゆっくり言葉を待った。

「変なこと言うんで、引くと思うんですけど」
「…うん?」
「僕、あなたの事が好きなんですよ。」

思いもよらない言葉が投げかけられた。私が返す言葉を探していると、一松くんは自嘲気味に笑ったまま「知ってました?」と言葉をつなげた

「知らないですよね、僕のことなんか気にもとめてないでしょうから。」
「一松くん」
「ごめんなさいねクズに好かれて気分悪いでしょう。」

普段の彼からは想像もできないくらいぺらぺらと饒舌に語られて、口を挟む暇もない。むしろ、口を挟ませないようにしているのかもしれない。
ゆらりと立ち上がった一松くんの影が私に重なる。

「でも大丈夫ですよ、どうこうなりたいなんて端から思ってないんで。」

そう言う一松くんは、なんというか、儚げだった。もう全部諦めてるみたいな、希望なんてなくて当たり前みたいな、そんな感じがした。私は一松くんがそこまで世界を悲観していることに軽く絶望する。
そんな私の表情をどう読み取ったのか、一松くんは、伏せがちだった視線をさらに落とした。

「…あ、気持ち悪いですか。」
「あの、」
「そうですよね、すみません」
「一松くん、聞いて」
「や、いいんで。気を使ったりしなくても。僕もう帰るんで。ここにももう来ません」
「待ってってば!」

一松くんはピタリと止まった。振り向きかけだったので表情はわからない。空高く吹く風の音だけがあたりを支配する、重い空間。彼は口を開こうとはしない。

「一松くん私はね」
「そんなに僕を傷つけたい?」
「、え」

思いもよらない言葉だった。
はっきりとした拒絶の言葉を彼から与えられるのは初めてだ。いつもなんだかんだ言いながら、もしくは何も言わずに受け入れてくれたのに。どうしてこんなに臆病なんだ。傷つくことを恐れるあまり、私を信じることもできないなんて。
私には彼に手を伸ばすことも許されないのか。

「なんでそんなこと言うの」

絞り出した声は震えていた。声どころか、瞼も、握りしめた手のひらも、視界すらゆらりゆらりと覚束なく、私は今まさに泣きそうだった。

「好きだから」

そう言って一松くんはもう一度私の目を見た。
曇ったビー玉。本当は綺麗なはずのガラス玉は、傷ついて曇っていったのだとその時わかった。

「ずっと前から好きだったから、俺みたいなののものにならないでほしい」

引き留めるために手を伸ばすと、その反動でするりと涙がこぼれた。
それを見た一松くんの顔が、どんどん無表情とはかけ離れていく。最終的にくしゃりと苦虫を噛み潰したような顔になる。

「………な、んで、あんたが、泣くの」

そんな顔しないでほしい。それは多分互いに思っていることだろう。
一松くんは顔を真っ赤にして、目尻に涙をためていた。

「…泣かないでよ、俺が悪いみたいじゃん」
「一松くんがわるい…」
「……ごめん」

一松くんはおぼつかない手つきで、パーカーの袖で涙を吸い取ってくれた。それでもしゃくりあげる私の頭を、不器用に撫でてくれた。

「ありがとう…やっぱり優しいね」
「優しくなんてないと、思いますけど」

気づけば、さっき一瞬敬語がとれていた気がする。
それが面白くて空気で笑うと、彼も笑ったような気がした。
彼の瞳が、光った気がしたのだ。
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