「おそ松兄さんも大変だよね」
「あいつに大変なことなんてあるの?」
「あるらしいよ〜好きな子にちっとも意識してもらえないんだってさ」
そう言ったのはトド松だった。ああ、魚屋のトト子ね。そう言った私にトド松はどんな言葉を返したんだっけ。私には関係のない話だと思っていたから、よく覚えていない。
野暮用を足した帰り道、偶然おそ松に会った。結構人が多い通りで、私は声をかけられるまで気づかなかった。よく見つけたねと言ったらへへ、と鼻の下をこするいつもの癖をした。この顔憎めないよなあ。
特に用もなかったし、「飲みいかね」という誘いに頷いた。
「おそ松さあ、ノリが軽いよね」
「えーそう?」
「そうだよ。私が彼女だって勘違いされちゃうよ」
一瞬おそ松の表情が固まった気がした。でもまたすぐにいつもの笑顔になった。
「じゃあ俺彼氏にどう?」
「なーに言ってんだか。ほんっと、ノリが軽い」
「いやいや俺結構好きだよ、おまえのこと、ほんとに」
思いがけず今度は私が固まる番だ。え、うそ。
ああ違う、これもこいつの軽いノリだ。あーびっくりした。やめてよねそういうの。
「あ、お前冗談だと思ってるだろ」
「わかる?」
「わかるよお前のこといっつも見てんだからぁ」
「言うよね〜」
どこまで本気かわからないおそ松と、腹の探り合いのような会話をするのは疲れる。
しかもやけにしつこい。しつこいのもいつものことだけど。
だいたい彼氏がおそ松って。考えたこともないよ。ニートだし。まあ一緒に居て楽しいし悪くはないのかも。でもニートだしな。
アタックを軽く躱し続ける私にしびれを切らしたおそ松は、やたら大きな動作で頭を抱えて見せた。ほら、お調子者。
「はあ〜どうしたら信じてくれんだよ」
「バカだな〜あんたにはトト子がいんじゃん」
「え?なんでトト子ちゃん?」
お互いバカ面で顔を見合わせた。
「…あんたトト子のこと好きなんじゃないの。」
「は?違うけど?」
「えっ……」
「え、何?」
おそ松はトト子のことが好きなんじゃないの?じゃあ、この前トド松が言ってた好きな子って?今のおそ松の発言は、もしかして本気?……え?
私は今までの常識が音を立てて崩れていく音を聞いた。