「そういや最近一松がいないんだよねえ」

近所の伝説の六つ子の長男、松野おそ松がまるで世間話のように陽気に言ったこの言葉に、私は目を剥いた。
一松とは、彼の4番目の弟だ。弟が失踪したというのに、なんだこの態度。

「いったいいつから?」
「さあ?もう4,5日は経つかな〜まあアイツもガキじゃないんだし心配する必要ないでしょ」
「もしなんか事件に巻き込まれでもしてたら」
「一松に限ってないない」
「いやいや、えっちょっとおそ松」
「じゃ、今日新台入荷だから」

手をひらりと振っておそ松はパチ屋の方へ歩いて行った。あまりのクズっぷりに愕然とし、追いかけることもできない。
一松がいないって…一松なんて六つ子のなかで一番いなくなったらヤバいでしょ。犯罪に巻き込まれてなかったとしても、犯罪を巻き起こしてる可能性もなきにしもあらずだし…。
私がその場に立ち尽くしていると、びゅうと強い風が吹いた。昨日から急に冷え込んできた空を見上げ、一松の身を案ずる。4,5日前あたりはもう少し暖かかったから、今一松は凍えているんじゃないだろうか。新しい上着を買う金も、どこかに泊まる金もないはずだ。食べ物を買うお金すらもう残ってないかもしれない。
そう思うとあまりに心配で、ケータイを取り出した。もう充電残ってないかもしれないけど。

しかし、2コールであっさり一松は電話にでた。

「あっ、ねえ一松!?どこにいるの?」
「……」
「大丈夫?今なにしてる?」
「………」
「一松?ねえ一松?」
「……大丈夫…」
「よかっ「じゃない」

大丈夫じゃないのかよ。何があったのか聞き出そうとしても一松はなかなか喋らない。私は業を煮やし逆効果とわかっていながらぎゃんぎゃん喚いた。それでも通話を切ろうとはしないので、やはり、何かあるのだろう。

「充電なくなりそう」
「お願いだから居場所だけ教えて、迎えに行くから」
「……」

一松がぽつりと呟いたのは、少し離れた場所にある誰も住んでいない廃屋だった。その後本当に充電がなくなったのか通話はぷつりと切れ、それがスタートの合図と言わんばかりに私は走り出した。

一松、一松、一松…

たどり着くころには、私の息はすっかりあがっていて、膝に手をついて何度も呼吸を繰り返した。冷たい空気を吸い込み過ぎて、のどが乾燥しきって痛い。変な味がする。体温も上昇したので、マフラーを脱いだ。中にちゃんと一松がいたら、これを巻こう。
かなり朽ちた日本家屋なだけあって、外観はかなり恐ろしい。子どもたちに「お化け屋敷」と呼ばれるだけの存在感がある。それでもそっと中に足を踏み入れると、一匹の猫と目が合った。猫関係か。あらかた怪我をした猫がいるとか、季節外れの出産とか、そういうことだろう。臆病な猫はビクッと私の姿を数秒凝視し、すぐに逃げ出した。その猫を追うように進んでいくと、いた。数匹の猫と共に、床の間の下の棚の中の猫を覗き込む一松の姿があった。

「一松!」
「…早いね」
「ああ〜よかった!一松、ほんとにいた…」

私の足は自然と一松の方へ向かい、こちらを向いた一松の胸に収まるように抱き着いた。冷たい。私の吐く息は白いのに、一松の息は白くならない。それだけ体温が下がっているのだろう。私の体温を少しでも一松に与えようと、回した腕に力を籠めると、一松が身じろいた。

…私はなんてことをしているのだ。
安心感によって理性が一瞬吹き飛んでしまった。慌てて離れようと一松の胸を押すが遅かった。既に私の方にも一松の腕が回っており、しかもがっちり捕まえられている。私が固まると、先ほどの私のように一松が私の体に身を埋めるようにぎゅうと締め付けてきた。

「あったかい」
「そらそうよ。走ってきたんだから」
「…心配した?」
「そりゃ、そうでしょ。いなくなったら心配するよ」
「ならいい」

それっきり一松は何も言わなかったし、回した腕を緩めることもなかった。
私は抱えていたマフラーを一松に巻いて、まあ誰もないしいいかと開き直り、再び一松の体に手を回した。
それを見ていたのは猫だけである。

ひややかふゆのあたたかきみの
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