誰にだってしたかったことができずに、言いたかったことが言えずに、やるせなさや自分への苛立ちでどうにも立ち行かなくなる日がある。私はそれを身をもって知っていた。だけど気づけなかった。自分の恋人にもそれが当てはまると言うことに。

今日の鍵当番だった私は、恋人である鳴子を待たせて備品の片づけをしていた。人の去った部室はいつもと違う雰囲気を漂わせている。
部室の長椅子に腰かけて私を待つ鳴子もまた、いつもとは雰囲気が違っていた。なんとなく違和感を感じつつもあれこれどうでもいい話をしながら仕事を続ける。まるで止まることを知らない口は、いつものように軽快に動く。
でも違う。

話はこの間のレースのことだった。私もマネージャーとしてではなく、個人的に応援に行ったが調子が悪そうに見えた。大変だったんだねえなんて相槌を打つ。慰めてあげないとなあなんて考えつつ仕事を終わらせて、鳴子に向かい合う。

結構長く付き合ってきた私たちだ。相手のことは結構理解しているつもりである。
だからこそ驚いた。まるで涙を隠すように、あえておどけたような表情の鳴子を見るのは初めてだったから。
でも、きっとこれを私は何度か見たことがあって、今まで気づけなかったんだろうということも同時にわかった。
瞬間胸が締め付けられるのを感じて、言葉を発するため口を開いた鳴子をそのまま抱きしめた。

「わ、ど、ないしたん急に。」
「だって、なんか、」

あまりのらしくなさに、痛々しいから、見たくない。
無理して自分の傷ついたさまを面白おかしく話してほしくない。

「変なやつ」

おどけたように笑う鳴子が憎くて、ぎゅう、とより強く鳴子の頭をかき抱く。すると鳴子も私の腰に腕を回した。
なにが慰めてあげないとなあ、だ。私は大馬鹿だ。
鳴子は強いと思い込んでいた。レースで負けたら一思いに泣いて次への活力へ変え、嫌なことを言われたら言い返せる、強い人間だと信じ切っていた。

「バカ」
「ゆーことがそれかい」
「そう、だよ。ほんとバカ」

私はいつだって傍にいるのに。支えるし、一緒に泣くことだってできる。それなのに鳴子は人に弱った姿を見せられない普通の人間だと、今の今まで私に気づかせてくれなかった。

「鳴子が悲しいと、私も悲しいってわかってない。バカ、だよ」

鳴子はバカ。私は大馬鹿。言ってくれれば共感したのに、なんてあまりに愚かだ。気づけなかった私が悪い。そのうえエゴの押しつけだ。

「…泣いとるんか?」



「鳴子は、私が守るよ」
「…アホか。ワイがおまえを守らんでどないすん」

一瞬でも鳴子が傷ついている時間が短くなりますようにと祈りながら、自分の不出来を呪う。鳴子を自分の胸に閉じ込めると、それだけで鳴子を守れている気がした。

「………おっぱいあたっとるでー」
「軽口を言えるならもういいね」
「ああちゃう、ちゃうわ。冗談やからそんな怒んなや、もう少し」
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