※東堂と共に巻島に恋をしている設定です
巻島が海外に行ってしまうと聞いて、私は急いで尽八に電話した。言葉の限りを尽くして尽八に一緒に引き留めようと促した。私は自分がとても愚かなことをしているとわかっていたけど、そうでもしないと今にも泣き出しそうだった。電話の向こうの尽八は黙ったままだった。
私にとって箱根と千葉は遠い。彼らにとってもそうだ。翌日部室で尽八に会うと、その目は僅かに赤かった。その途端私の気持ちはすとんと落ち着いた。尽八と悲しみを分け合いたかっただけなんだと、その時気づいた。
「最後にきちんと告白して、スッパリ決めてもらうのがいいかもね」
そう言うと尽八はやっと「そうかもしれんな」と言葉を発した。すぐにアポなしで千葉に向かった。尽八は何を考えてるのかよくわからなかったけど、私も自分の気持ちをうまく言葉にできなかった。言葉はあまりなかったように思う。
私と尽八の一世一代の告白の返事は「きっとイギリスに行って1番思い出すのはお前らの顔だろうな」だった。
そして今に至る。
私と尽八は並んで座っていた。悲しい。どうしようもない気持ちがあふれてこぼれて、尽八に向かう。
「尽八は、ずるいよ。わたしたちどっちもふられちゃったけどさ、尽八はずっと、巻島の最高のライバルじゃん。巻島と走ってるアンタ、やっぱ凄くかっこいいよ。巻島の次に。」
「…そうだな。しかし、共に、巻ちゃんを見つめていたのがお前で、本当によかった。お前が偏見を持たないでいてくれたから、俺は真っ直ぐ巻ちゃんを見ていられた」
尽八は笑っていた。やっといつもの饒舌な尽八になった。清々しいその表情が、青空みたいでとても綺麗。対して私はもう決壊寸前。必死に涙を食い止める。
私たちは二人とも不安だった。巻島の返事で何かが変わってしまうことが。巻島がどちらが選ぶことが、怖かった。
だから言って、遠慮などはしなかった。私は本気で巻島が好きだ。尽八のように電話をかけまくったりはしなかったけど、レースなどでたまに会っては惹かれた。人間はこんなに感情でいっぱいになって制御できなくなってしまうんだと思うほどに焦がれた。尽八と巻島について話すのは楽しかったし、苦しくもあった。変わらないでいてほしかった時間が、とうとう今終わってしまった。だけど、終わってしまった時間全てが愛おしく、誇らしい。
「尽八ぃ…あんたのそのカチューシャださいってずっと思ってたけどさ、巻ちゃんを選んだんだから、あんたやっぱセンスいい゛よ゛」
「何?そんな風に思っていたのか?俺が認めたものはどれも美しいに決まっているだろう。巻ちゃんも、この俺も、そして…お前も、だ。」
私はもうどうしたって涙を止めることは出来なかった。尽八の目尻にも涙が溜まっている。
「っ、じんぱち、ありがどう」
「……俺の方こそ、感謝している。」
みっともなく鼻水をすすった。こんなぐちゃぐちゃな顔、とても巻島には見せられない。よかった、ここに巻島がいなくて。そう、よかったんだ。これで。
不思議と心は晴れ晴れとしていた。巻島はイギリスに行ってしまったけれど、わたし達の春は永遠にここにある。