放課後すぐ学校から図書館まで、そして部活が終わった後図書館から私の家まで、毎日黒田は私と歩いてくれる。私を送った後一人で寮に帰る黒田に遠慮したこともあったけど、ふたりでいられるのは素直にうれしいのでそれに甘えた。今日もその道すがら、他愛ない話をしながら黒田のうなじを見つめる。
繋がれた手はとても冷たい。
これはもともとそういう手らしい。本人は特に困ってもいないらしい。冷えて大変とか、そういうことはないらしい。ただただ冷たい、恋人の手。

「手、いつも冷たいね」
「ごめんなさい、寒いのに」

そう言って自ら離れようとした手を、ぎゅっと握りしめた。

「私があっためてあげる」
ひとつ年下の恋人は、冬になって今まで以上に私から離れなくなった。はたから見て明らかな程、春の訪れと共にここを去る私との別れを惜しんでいる。
素直に嬉しいけれど、時にあまりにいじらしくて切なくなる。
そりゃあ、私だって悲しい。たとえば、黒田が眉の下がった笑みを見せる時とか、手をつないで斜め前を歩いている黒田のつむじを見ている時とか。どうしようもなく胸が縮んで、きゅっとつなぐ手に力を籠めたくなる。
願わくば、私のこの熱量が伝わってくれと。今日も私はつながれた手に思いを籠める。

それなのに、黒田は何も言わない。
寂しいならそう言えばいいのに、見て明らかなのに、頑なに口にしない。
それがすごく、黒田らしくなかった。

だから、私は行動した。今日も空でオレンジと濃紺が混ざる頃。黒田は結構わかりやすく寂しそうな顔をする。私の家の前で手から離れようとする黒田の手を両手で捕まえて、玄関に連れ込んだ。急なことで反応しきれなかったらしい。思ったより容易く黒田を家にいれることに成功した。言葉にならない言葉で状況を理解できてないことを表現する黒田に、ええいままよ。思い切り抱き着いた。
「えっ、え、先輩」
「今日お母さん帰り遅いから、ちょっとだけ」
そう言い切らないうちに、黒田の胸に顔を埋める。
黒田が寂しがってるからなんとかしないとなんて、嘘だ。
本当は私が、ものすごく寂しいんだ。もっと一緒に居たい。少しでも多くの時間を、黒田と共にしたい。好きだから。
「ユキも、寂しいでしょ」
思わず漏れた言葉に、黒田は深く息を吐いた。それは、微笑むようなニュアンスを孕んで、私を抱きしめ返す。
「ちゃんとお見送りしようと思ったんですよ。そりゃ、寂しいすけど、あんまり寂しがると先輩心配すると思って」
でも、バレバレでしたね。なんて黒田は楽しそうに笑う。
「心配です。先輩のことが」
その様子は割り切ってるようでもあり、そう自分に言い聞かせているようでもあった。

「なんか、俺ばっかりもらってる気がして、元気とか、あったかさとか…でも、俺、大丈夫ですよ。先輩が俺のこと好きだって、なんかわかるし。距離だって大したことないです。…あ、でも、浮気はしないでくださいよ。俺立ち直れなくなりますから」
私を抱き寄せる黒田の手は相変わらず冷たかったけれど、彼の体の中心はとても暖かかった。もっと早くこうすれば良かったなんて思う。
「こうしてると、寂しくなりますね」
「うん。寂しい」
「会いに行きます。先輩が望むなら」
「じゃあ毎週」
「ちょっとは我慢してください」

久しぶりに、こんなに満たされた気持ちになった。
「キスしていいですか」
「ふふ、いいよ」
私の頬に添えられた冷たい手を、私の手で更に包み込む。寂しい、けど、これは別れじゃない。
私はきっと、これからずっとこの手と共に生きていく。
黒田のワイシャツから、春の訪れのかおりがした気がした。

「また来年、ユキの手を温めてあげるから」
「…はい。必ず、むかえに行きます」
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