狂える街

松野くんと放課後に猫を撫でてからいくらも経たないうちに、私は彼を遊びに誘うことにした。なんだかんだ松野くんとはばったり会うことが多かったから、次にそうなる前に密かな誓いを果たしたかった。
松野くんからのすぐに返事が来て、トントン拍子に予定が決まった。
待ち合わせ場所に向かうと、遠くからでもよくわかる、目立つ人影があった。青いスパンコールのズボンに、てらてら光る革ジャン。尖ったサングラスをかけてキザなポーズで柱にもたれかかる姿は、なんとも近寄りがたい。道行く人全てがその人を避けている。だけどその人は自信満々と言った風で気にもとめていなかった。そして、見れば見るほど、その人は松野くんにそっくり…いや、

松野くんははとんでもない格好で待ち合わせ場所にいた。
松野くんはすぐに私を見つけて、サングラスを下げて直接私を見た後、演技がかった足取りで近づいて来た。

「おはよう!今日も美しいな、なまえちゃん」
「わっ、松野…くん…?」
「ああ、そうだとも。どうした?浮かない顔をして…そんな顔ももちろん素敵サ」
「え?!あ、ありがとう…」

格好だけではなく、キャラもぶっとんでいた。周りからの視線が痛い。

「その、すごい格好だね」
「ああ、イカしてるだろう?何故か家を出る時やたらと止められたんだが…やっぱり心待ちにしていたなまえちゃんとのデートだからな!グレートな俺を見てもらいたいだろう。こっそり着替えてきた」
「…ってことは、普通の着替えがあるの?」
「そうだ。でも大丈夫、荷物にならないよう、ちゃんとコインロッカーに…」
「じゃあそっちに着替えてもらえないかな?」

渋る松野くんをなだめすかして、コインロッカーに送りだす。なんだがどっと疲れた…。私には松野くんが突然壊れたようにしか見えなかったが、好意的に解釈しよう。前回会った時、自分で言うのも恥ずかしい話だけど、私と松野くんはかなりいい雰囲気になった。だから、松野くんも緊張してしまったんじゃないだろうか?もしくは、真面目だねと言ったのを未だに根に持って、あえてハズしに来ているとか…。
でも、とにかく楽しみにしてくれていたことに間違いはないだろう。満面の笑みでデートと言っていたし。

その時、私はコインロッカーとは真逆の方向に松野くんの後ろ姿を見た。袖が伸びた黄色のパーカーを着ているひとなんてそうそういない。どうしてそっちの方に?私が一歩踏み出すと松野くんの後ろ姿は雑踏に紛れて見えなくなった。自然と足はその方へ向かう。
先ほど松野くんの姿があったところまで行ってみたけど、もう松野くんの影も形も見当たらなかった。ただ若い人の声で「さっきの奴スリッパ履いてた」「目もイッてたよな〜」という噂話が聞こえるだけだ。じゃあ確かに、ここに松野くんはいたんだ。…どこに行っちゃったんだろう。
そうして立ち尽くす私はよっぽど弱そうに見えたのだろうか。肩に大きな手が置かれる。私はそれがよくないことの始まりだと、性別が持つ本能で知っていた。

「おねーさん今僕たちのこと見てたよねえ?」
「…いえ、そんなことは」

全くの誤解、思いあがりだ。恐る恐る振り返った先には、思った通り軽薄そうな男が数人。こんな人がたくさんいる場所で、よくこんなことができるな。「勘違いです」そう言って横切ろうとするけど、あっけなく止められた。常識がない上に、しつこい。助けを求めたくても、松野くんはどこかに行ってしまった。どうしよう、少し怖い。

「ちょっとあっちで話そうよ」
「いえっ、あの、人が待っているので」
「そうだ。この子はこれから俺とデートなんだよ」

強張って縮こまっていた私の両肩を、暖かく大きな手が包んだ。そのままその人に身体を預けるように引かれる。私が何故かその温度にひどく安心するのと同時に、向かいあった男たちの顔は強張っていく。上を見ると、私を助けたのはぞっとするくらい温度のない表情の松野くんだった。

「あ、あれ…松野くん…?」
「なんだぁ、彼氏がいたのかあ。じゃあね」

軽薄な男たちは、あっさりと人ごみに消えて行った。

「さっきの場所にいなかったから心配したぞ。どうしたんだ、何かあったのか?」
「え、だって、あっちの方に松野くんが……あれ?さっき、黄色…」

青いパーカーの腕をまくった松野くんは、腕組みをして心配と怒りが混ざったような顔をしていた。私が言葉を失うと、松野くんは小首をかしげて「黄色?」と私の言葉を復唱した。

「そう、松野くん、前会った時と同じ黄色くて袖の伸びたパーカー着て、あっちの方に行ったよね?」
「……ひ、ひ、人違いじゃないか?」

それが苦しい言い訳であるということは、本人もよくわかっているようだった。

「あれ……あれ?」
「これは、その………、…場所、移そう」

松野くんは覚悟を決めたような、重い声でそう言った。




私は全く意図しない間に、押してはいけない扉を開けてしまったようだ。
その扉の向こうには、ただひとりの松野くんがいた。私にはわからない言葉で綴られた、難しいパズルを抱えて。
松野くんは今日一日ずっと纏っていた飾りを脱ぎ捨て、ただ黙り込んだ。かさついた手をすり合わせ、固く握りしめる。

「今日の俺はどうだった?」
「どうだった…って?」
「今まで、4回、俺と合っただろう、それと比べてさ」

確かに、私は今まで4回松野くんに会った。初めてあった時、パスケースを拾ってもらった時、一緒に遊んだ時、空き地で猫を撫でた時。松野くんは会う度に違う一面を見せてくれて、私はなんて面白い男の子だろうって思った。もっと松野くんについて知りたい。他にどんな一面があるんだろう。そんな気持ちでいっぱいだった。
松野くんに手渡されたパズルのピースが、急速にはまっていくような感覚を覚えた。なんとなく、答えに手が触れた気がした。でも、それを掴んでもいいものか、もう少し漂わせておくべきなのか、判断つかない。ただ、今目の前で震える彼を救いたいと思った。

「松野くんには、色んないいところがあるよ。最初に会った時は緊張してる私と楽しく話してくれたし、私がパスケースを落として困ってた時は拾ってくれて、アイドルのことについて色々教えてくれたよね。一緒に遊びに行ったときは見たことない景色を見せてくれたし、先週は猫、触らせてくれた。今だって、私を助けてくれたよ。全部大事な思いでだから…」
「ああ、そうだな。全部、大事な自分なんだ」

目を伏せて優しく笑った松野くんは、

「俺を見つけてくれないか」

そう小さくつぶやいた。
松野くんの言葉はいつも、私には少し難しい。

「私は松野くんがどんな松野くんでも、嫌いにはならないよ。絶対に」

わからないことが多すぎて、なんて言うのが正解なのかさっぱりわからない。こんな時は思ったことを言うしかない。

「どうして私なのか、とか、なんでそんなこと、とか、聞きたいことは沢山あるけど…今ここでした話は2人だけの秘密にしよう。私と、あなただけの」

彼はずっと伏せていた瞳をこちらに向けた。その目には色濃く驚きが映っている。そして笑う。

「流石、俺が見込んだ女なだけはあるぜ。黙って食われるタマじゃないって訳か」
「そうだよ、私、色んな松野くんともっと仲良くなりたいから」

キザな青がきらりと光る。今日はじめて、松野くんの本当の笑顔を見ることができた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -