野良猫は愛を知る

次は私から会う約束を、という決意が果たされる前に私は松野くんを見つけることになった。
それは私の通う高校からほど近くの空き地でのことだった。そこはよく猫が集まるということでたまに話題になる空き地で、猫好きな生徒が接触を試みては警戒心の強い猫たちに返り討ちにあっていた。放課後駅に向かって歩く途中、その空き地に松野くんはいた。学ランの下に紫のパーカーを着た格好だから、きっと彼も学校帰りなんだろう。松野くんの通っている学校って、そんなに近くなかった気がするけど…。でも間違いなく彼は松野くんだった。少し背の高い枯れた雑草の真ん中にしゃがんでいる。

「松野くん?」
「…ども」

松野くんは私の登場にあまり驚かなかった。よく見るとしゃがんでいる彼の手もとには、ごろごろと喉を鳴らす白い猫。他にも彼の周りには猫が数匹あつまっている。警戒心が強いはずの猫たちが松野くんにすり寄っている光景を目の前にして、私が驚いた顔をすると、松野くんはちらと私を見て「触る?」と聞いてきた。私は頷いて空き地に足を踏み入れる。久しぶりに踏んだグラウンド以外の生の土は普段踏んでいる地面よりよっぽど柔らかく、なんだか非現実の入り口のような気がした。
私が松野くんに近づくと、猫は若干警戒姿勢をとったが、逃げていくことはなかった。

「松野くん、すごいね。猫に信頼されてるんだ」
「まあ、この辺はよく来るんで」
「あれ?今日、敬語?」
「あー…いや、間違えた…」
「何?それ」

私がそう言ってくすっと笑うと、松野くんはバツが悪そうに「猫、触るんでしょ」と私の手を取った。そのまま私の手は猫のやわらかな毛と松野くんの固い手に挟まれる。

「松野くん、あの、手…」
「こうしないと怖がるかもしれないから、猫」
「そ、そっか」

少し、いや、かなり恥ずかしい。なんせ、ついこの間この気持ちを恋と自覚したばかりなのだ。そんな矢先にこんなコミュニケーションは、心臓に悪いどころの話じゃない。猫は少し迷惑そうな顔をしながらも、逃げたり嫌がったりする素振りはなかった。
手元を見続けるのが気恥ずかしくて一松くんの方を見ると、顔色ひとつ変えていなかった。だけど、猫に視線を落としている表情はとても穏やかだ。こんな顔もするんだ。また松野くんの新たな一面を見た気がした。少し見とれ過ぎたせいで松野くんが私の視線に気づく。目が合いそうになったけど、自分の顔に熱が集まりかけている自覚があったので、すぐにまた猫に視線を戻した。

「小さいね」
「え?」
「手」

そう言って松野くんは重なったままの私の手をぎゅっと握った。私が驚きのあまり手をこわばらせると、撫でていた猫も驚いて逃げ出してしまった。

「あーあ」
「ま、松野くんのせいだよ。急にこんな」
「ドキッとした?」

はい、とてもドキドキしてます。とは言えず、視線を彷徨わせる。視界に入る松野くんは楽しそうに笑っていて、ますますバツが悪い。この間のキラキラした元気いっぱいの笑顔とは正反対の、意地悪な笑みだ。反応を楽しまれているような気がして悔しい。

「私は松野くんのことがよくわかんないよ」
「……だろうね」
「でもね、そういうところも」

もう赤い顔も離れる気配のない手も諦めることにしよう。甲の側からつかまれた手を反転して、ぎゅっと掴み返すと、松野くんの顔色が変わった。

「ドキッとするよ」

手が震えている気がする。でも、これが私の精一杯だ。それでもどうか伝わるものがあってくれ。そう願って熱い顔を隠さず、見上げるように松野くんの目を見ると、その熱はすぐに松野くんに伝染した。
こんなに甘酸っぱい沈黙が他にあるだろうか。空き地と猫と、私と松野くん。風に撫でられた膝小僧が寒い。でも、指先は今にも火がつきそうな程に熱い。ロマンチックでもメルヘンチックでもないこのときめきと熱が、私を焦がそうと燃えている。

「あ゛〜〜、はあ」

長い長いため息で沈黙は破られ、手もアッサリ離された。松野くんはさっきまで握りあっていた手をパーカーのポケットにしまい、反対の手で頭をかいた。私と目が合うと、バツが悪そうに逸らされる。

「次、会うとき、そういう顔しないでよ」

これはやり返せたということでいいのだろうか。私が思わず笑うと、松野くんは立ち上がって完全に後ろを向いてしまった。私も立ち上がると、大きな背中から「帰ろう、送る」とだけ聞こえてきた。
特に言葉もなく、いつもより少し距離をあけて歩く帰り道は、焼き目のついた恋心には充分に心躍るものだった。駅につく頃には松野くんの顔色もすっかり元に戻っていて、ふれくされたような顔をしていた。バイバイ、と手を振ってはみたけど、こくりと頷かれただけだった。今日はまたねって、言ってくれないのかな。

「なまえちゃん」
「うん?」
「バハハ〜イ」

それはなんとも言えないナンセンスな別れの挨拶だった。

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