アイラブユーへの招待状

何も予定のなかった日曜日、家でじっとしてるのも勿体なくて何も考えずに家を出た。
…家を出たものの、やっぱり行く宛などない。ふらふらと近所を歩いても見慣れた光景が続くだけだし、どうせだから電車で行ったことのない場所に行こう。
そのふとした思い付きが、すべての始まりだった。

降りたことのない駅で下車して、適当にあたりをふらつく。すると大き目の公園があったのでそこでひと休みすることにした。公園の案内板を見ると、大きな藤が植えてあるらしい。今は時期ではないけど、5月になるとそれは綺麗なのだとか。案内板にプリントされた藤の写真は、確かに綺麗だった。
自動販売機で暖かい飲み物を買って、手を温めながらベンチに腰掛けた。ぼうっとあたりを見回すと、公園内にいるのは私以外に1人だけ。視線は自然とその人に向かった。
多分、私と同じ高校生くらい。赤いパーカーを着ていて、顔は…普通。彼は離れたところにあるベンチに座ってビニール袋から肉まんらしきものを取り出した。肉まんの湯気が空に昇る。特に何を考えるでもなくその人を見つめていると、彼が肉まんを頬張ろうと大きく口を開けた瞬間、ばっちり目が合った。反射で目をそらす。
やばい、じろじろ見て、変な人だと思われたかもしれない。ちらりとお兄さんの方を伺うと、こちらを凝視していたので慌てて手元のペットボトルに視線を落とす。
どうしよう、めっちゃこっち見てた。もう逃げ出したい。でも目が合ってすぐ立ち上がったらそれこそ不審者だよなあ、どうしよう。こんな時、どうすれば。

「ねえ、君いま俺のこと見てただろ?」

突然声をかけられて上を向くと、さっきのお兄さんが目の前にいた。
声にならない叫びをぐっと飲みこんで、会釈をする。

「何してんの?」
「ええっと……」

特に理由もなく、公園であなたを見てました。なんて言えるはずもなく口ごもる。
するとお兄さんはひとりでぺらぺらと話し始めた。

「俺はさー、家に肉まんなんか持って帰るとすぐ誰かに食べられちゃうから、こうして一人で公園で食ってたんだよね」
「か、家族、多いんですか?」
「まあね、あ、肉まん食べる?半分あげるよ、ほい」

そう言いながらと彼はかじりかけの肉まんを半分に割って、私に差し出した。私も動転して、素直に受け取ってしまう。ほかほかの肉まんを口に運ぶと、じんわりと暖かさが広がって、少し肩の力が抜けた。肉まんを頬張る私をみて、お兄さんは満足げに笑った。

「ありがとうございます。美味しいです」
「敬語いいよ。俺高校生だし、同じ肉まんを分け合った仲じゃない。おねーさんはいくつ?」

私も高校生です、と伝えると彼は嬉しそうに「そっかそっかぁー偶然だね」と笑った。どうやら私とは違う高校に通う同い年らしい。彼は話を続けつつ自然な動作で私の隣に座った。

「俺、松野。きみは?」

彼、松野くんは人好きのする笑みを浮かべる。ぐいぐい距離を縮めてくる人だなあ。でも不思議と不快ではなく、むしろ楽しい。フランクなノリで接してくれるので私も緊張の糸が解れ、自然と名乗ることができた。

「なまえちゃんね」

かわいい名前だね。松野くんはそう言って手を差し伸べた。伸ばされた手を握ると、ぎゅっと握り返され上下に振られる。一体何がそんなに楽しいのか、松野くんはにこにこ笑っている。
それから松野くんと、ペットボトルがすっかり冷めてしまうまで雑談をした。松野くんはこの近所に住んでいることや、私の住んでいるところにも結構行くってこと。それに、勉強があんまり得意じゃないってこと。良ければ勉強を教えてほしいと言われて、すんなり良いよと言ってしまうほど、彼は人の懐に入るのがうまかった。私だって社交的な方ではないのだけど、彼の前だとぺらぺらと饒舌に喋ることができた。まるでずっと昔から知っている友人のように話しやすい。私のテンポを理解してくれている気さえした。
帰り際、ラインを交換した。男子とラインを交換することなんてあまりないような生活を送っているから、少しドキドキした。それは松野くんも同じだったようで、照れたような笑顔を返される。いろんな笑顔をする人だ。
折角だからと駅まで送ってくれる松野くんは、並んで立つと私よりずっと背が高い。さっきまでと同じように楽しく話しているのに、少しだけ異性として意識してしまった。

「なまえちゃんとはすっごく気が合うから、また会いたいなあ」
「私も、また松野くんに会えたらいいな」
「ほんとぉ?じゃ、また会おーね」

松野くんはそう言い残して、駅から去った。

松野くんのおかげで良い休日になった気がする。電車に揺られていると、早速松野くんからラインが届いていた。「ほんとに勉強教えてくれんの?俺本気だよ?」私はすぐに「私でよければいつでも教えるよ」と返した。
新しい友達、という項目に表示される松野という文字列が、なんだかくすぐったい。これは何かの始まりなのかも。らしくもなく頬が緩む。なんてまさかね、今日会ったばかりの人だし。
松野くん。松野…あ。
そういえば、下の名前を聞いてなかった。今度会ったときにでも聞こう。

…また会えるといいな。

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