「ねえなまえちゃんはいつになったら僕の彼女になってくれるの?」
私の講義のスケジュールをおおよそ把握し、暇な時や女の子がつかまらない時、ときたま兄弟と離れたいときなどに私を呼び出すニート、トド松くんは待ち合わせたカフェで飲み物を頼むなり、開口一番こう言い放った。
「いつまでもならないよ。何、藪から棒に」
トド松くんには呼ばれてすぐ家を出てきたから微妙にちぐはぐな服を着た女よりかわいい女友達たくさんいるじゃん。彼女なんていつでもできるでしょ?思ったままにそう伝えると、彼は他のどの六つ子も持たないあからさまな可愛らしさで私に詰め寄った。
「そうだけどさ、違うの!」
同じ顔なのにどうしてこう違いが出たのか。
いやまあ幼い頃のように全く区別がつかないとそれはそれで大いに困る。
そうだとしてもトド松くんは20代ニート童貞共の中で、最も非・童貞に近い存在としての地位を確立している。
つまり、私はこいつがほんとに童貞なのか疑わしい、と思っている。
もっと言えば実はヤリチンなのでは?と疑っているのだ。
トド松くんは今まで度々、今のように口説くような素振りをしてみせることがあった。
あわよくば私を手篭めにしようと思っているのか?トド松くんの柔らかい笑みからは真意を読み取ることは出来ないけど、彼の女友達と同列に扱われたくはない。
だから私の「なにが」と言う返事の冷たさは、カワイイの権化共とは一線を画すためのひとつの策。決して彼の女性編歴(?)を思い出してむくれているとかでは、ない。
しかし、トド松の口から出る言葉の続きは、予想だにしないものだった。
「僕が女の子たちと遊ぶのは男磨きするため、本命のなまえちゃんに振り向いてもらうためなんだよ!」
思わず口から「えっ」と声が漏れた。
そんなの初めて聞いた。
「僕は僕たちが6人でひとつだった時から、ずっとなまえちゃんが好きだったんだ。でも、僕たちはみんな同じだから、このままじゃなまえちゃんに好きになってもらえない。だから、兄さんたちとは違う、女の子に好かれる僕になろうと思ったんだ」
私たちはそれなりに長い付き合い、ほかの女の子たちより遙かに長い付き合いだ。だから、トド松の顔を見ればこれが嘘ではないとわかってしまった。
突然の新事実に動揺を隠せない。ドギマギして言葉を返せないでいると、トド松くんはいつもと違うちょっといたずらっぽい笑みを作った。
「それにさ、なまえちゃんも僕のこと、好きだもんね?」
「え、なんでわかるの」
「やっぱり、好きなんだ。僕のこと」
やられた、カマをかけられたんだ。気持ちを知られてしまった。機嫌のよさそうなトド松くんは「顔に書いてあるよ」そう言って私の頬をつついた。すっかり彼のペースに飲まれて混乱ぎみの私をよそに、「なまえちゃん肌キレイだね〜」なんてさも当然のように言っている。
まあ、私にトド松の本気がわかったように、トド松くんも同様に表情で読み取ったのかもしれない。そう思うことにしよう。
「これで、僕たち両想いだね」
「そ、そうですね」
「僕がたくさん女の子の友達と遊んでるから不安に思ってる?」
NOとは言えないし、思ってもない。またもや顔に出てたんだろう。トド松くんは微笑んだ。「大丈夫だよ」そういう声もなんだか優しい。
「僕のはじめてはね、ぜーんぶなまえちゃんにもらって欲しくてとっといてあるから。」
「ふたりっきりでデートするのも、手をつなぐのも、遊園地の観覧車に乗るのも、ハグも、キスも、その先も」
その先も…思わず想像して恥ずかしくなった。異性に口説かれる経験はまったくないので、こういう時どういう反応をすればいいのかわからない。考えたくても考えるだけの場数がなく困り果てていると、テーブルの上に置かれた私の手を、トド松くんの手がそっと包んだ。しっかりした、男の子の手だ。
「僕の初めて、もらってくれるよね?」
無力な私は無言で頷くことしかできなかった。