「ミョウジチャンが嫌だってんなら、俺、もうヤメるから」
荒北さんは私を包み込むように抱えて、ふれるかふれないかの優しさで背中を叩いた。眼前に荒北さんのまっくろな前髪が落ちて、こつんと額が触れ合った。
「泣くなヨ」
少し前まで恐怖すら抱いていた声に、こんなに心を締め付けられるのはどうしてだろう。
今だって、私のにおいがする筈なのに。荒北さんはそれきり何も言わなかった。
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「新開ィ」
静かに何かを燃やすような荒北さんの声と、私の表情で新開さんは何かを感じ取ったらしい。私を背に隠すように荒北さんの方を向いた。
「ミョウジチャン俺に貸して」
荒北さんはすごく静かだった。耳に痛いくらいの沈黙が流れる。
「俺は、靖友を信じてるよ」
「…おぅ」
新開さんはそっと私に向き直り、「大丈夫か」と声を落とした。小さく頷くと、一度私の頭を撫でて部室を出ていった。
「今日の日誌は俺が書いとくよ」
「アンガトネェ」
音もなくドアが閉まり、本当に音がなくなった。そして、不思議と恐怖がとけて、目からこぼれていった。間抜けな顔で涙を流す私に荒北さんは一瞬目を瞠る。そして、新開さんが撫でたところとちょうど同じ場所を乱暴に、少しやさしく撫でた。
「ゴメンネ、怖かったろ」
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「あらきたさん」
荒北さんが悪い人じゃない、怖い人じゃないってことくらい、私はよく知っている。ぴくりと動いた荒北さんの顔は、前髪がかかっていてよく見えない。
「私、荒北さんのこと、こわくないですよ」
触れ合っていた額が、すっと離れる。そして荒北さんの頭は私の肩に乗せられ、そっと抱きしめられた。私はそれを受け入れる。
荒北さんのにおいがした。