「これアゲル」
翌朝、いつもとちっとも変らない荒北さんに手渡されたのは、小さなキャラメルだった。
「昨日のお礼ダヨ」
「はあ、あ、ありがとうございます」
いきなりにへ〜と普段ならあり得ない笑みをこぼす荒北さんの異変には誰も気づいていない。荒北さんの表情をうかがえる角度にいるのは私だけだからだ。当の私は背中が冷や汗でだらだらだ。昨日の時点でも十分だけど、今日の荒北さんもあきらかにおかしい!
「どうした荒北!ミョウジさんを壁に追い詰めるなど…ハッ、ならん、ならんよ!」
「靖友、ミョウジさん怯えてるんじゃないか?」
両肩を東堂さんと新開さんに掴まれた荒北さんは、サッと表情を戻して「ッセ!ンなんじゃネーヨ!」とふたりを振り払った。「大丈夫かね」とニコニコ私を伺う東堂さんに、なんとか笑顔を向けた。
「大丈夫ですよ、キャラメルもらいました」
「ほう、荒北が女子にプレゼントなど…」
「ヒュウ!靖友、ミョウジさんが好きなのか?」
「仮にそうだとしてもミョウジチャンの前では言わねーヨ」
部室の入り口から福富さんがアップを始めるから集まれと声をかけた。荒北さんはこれ幸いと「アーホラ始まるってェ、さっさと行くぞ」「うむ、そうだな」「ミョウジさん、靖友のことよろしくな」「新開ウルセー」と、相変わらず騒がしく出て行った。
荒北さんは私が好きかという質問に否定はしなかった。それが妙に心に残った。