from Mayhem :16


「私では詳しいことはわかりませんケド…恐らく、体内に固有結界を展開されたんじゃないかと思います」



キャスターの消滅した今となっては推測することしかできないが。高い変化スキルと自己改造スキルを持ったキャスターは、自身のマスター、ありすと瓜二つの容姿をしていた。正に鏡写しの存在──もしもキャスターがマキナを抱き締めた際に、キャスターがマキナに同期し、鏡写しで“名無しの森”の固有結界を体内展開していたとすれば…そんなことは果たしてありえるのかどうか。それすらも最早判らない。

椅子に座ったまま、一人借りてきた猫のように静かなマキナの肩を握ったまま…白野は桜の次の言葉を促した。



「それで、マキナの記憶は元に戻るの…?」
「元々睡眠時にはマスターの機能回復(リカバリ)が掛けられますから…。術者の魔力残渣もありませんし、一晩寝て起きれば記憶も元通りになると思います」



その言葉に白野は胸を撫で下ろす。無意識に吐いた溜息と同時に気も抜けてしまったらしい。白野は上体が傾きそうになるのを堪え、地面をしっかりと踏み締めた。



「でも…とても危ないところでした。あと少し遅ければ完全に消滅していたと思います。」
「消…滅……」



今更ながら、白野は自分の肌が嫌な汗で濡れていることに気が付く。一瞬吐き気を催すほどに気持ちが悪くなった。あの時ギルガメッシュが現れていなければ。否、現れたとしてもすぐにアリス達を倒していなければマキナが消滅していた。

ギルガメッシュの秘蔵の宝具・乖離剣(エア)。第四次聖杯戦争にて、彼はこれを自身が認めた相手にしか抜かなかった。今考えれば、それを有象無象の相手に使用した程の緊急事態。言いようのない恐怖に胸が詰まる。そしてその恐怖は、マキナの記憶が戻ると判った今尚続いている。

この聖杯戦争において、既に消滅したマスターが何人いることか。予選も含めれば100人を超える人間の魂が消滅している。マキナも、白野だって一参加者にしか過ぎないし、今回だけでなく、今後も消滅の危機に何度瀕することだろう。

だが――…何よりも、自分の所為でマキナが消滅してしまう。これはとても恐ろしいことだった。それ自体も恐ろしいが――…ここでもしもマキナが消滅してしまえば、自分が40年前の第四次聖杯戦争でマキナをサーヴァントとして召喚した、その事実までなかったことになってしまうのではないか?あらゆる歴史に狂いが生じてしまうのではないか。そう考えると、白野は今、自分が此処に存在していることすら怖くなってしまったのだった。


白野は静かにギルガメッシュを見遣った。彼の視線は白野には向けられておらず、ただマキナのみを見詰めている。

“貴様の存在は甚だ蛇足”

その言葉がまた頭の中に響く。白野は泣き出しそうになるのをぐっと堪えた。自分の存在理由を、他ならぬ自分自身が急速に失い始めている。自分がいない方がいいというならば、いっそのこと…あの時ありす達と共に自分も消滅させてくれればよかったのに。

岸波白野は、第四次聖杯戦争と同様――このムーンセル・オートマトンでの聖杯戦争にも、自ら望んで参加したわけではない。望みようがない。何故なら今、岸波白野という人間は――…


――やめよう。


白野は人知れず小さく頭を横に振った。弱気になっては駄目だ。自棄になるのも諦めるのも。さすれば全てが無駄になってしまう。たとえ意図せず巻き込まれたとしても、この戦いを決して無意味なものには出来ない。40年前もそうして前へと進みつづけた筈だ。忘れてはならない。

そう決意し、閉じた目をもう一度見開いたと同時──…回転椅子の上に座らされていたマキナの身体が抱き上げられる。



「大変な目に遭ったな?我等の部屋で休息を取るとしよう」



怖気を感じてしまう程に甘い表情をマキナに向けるギルガメッシュと、それを無垢に過ぎる瞳でただ見詰め返すマキナ。そして最早用はないとばかりに保健室を去っていくその背中に向けて何も投げ掛けず…開け放たれたままの扉を慌てて閉めに行った桜。その後姿を見、そしてその引き戸が閉められる音を聞きながら――…白野はもう一度目を閉じた。

自分の関わることのできない歴史がある。だが、それと同時に…自分と彼女にしか無い歴史が確かに存在した。

白野は、いつの間にか握られていた自身の指先に力を込め、その細くも暖かく、力強い指先を握り返した。



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